本稿は,ケア・サービスの地理学におけるインフォーマルな領域への着目について,ケア労働の特色と新自由主義的福祉政策の影響を重視しながら検討し,今後の研究上の課題として,感情・関係性への視点の必要性を指摘するものである.まず,空間的組織化論と福祉国家論,女性労働力の編成理論を整理したうえで,福祉の地理学およびケアの地理学の展開を踏まえ,経済システムの変動と関連しながら発生する広義のケアの地理的・空間的編成とその倫理,グローバル・ケア・チェーンの中で働くケア労働など,インフォーマル領域を含む「多様な経済」への視点拡張の必要性を示した.続いて,日本のフォーマルなケア・サービスにおける東京一極集中を背景とした労働力不足や労働移転の実態を示し,ケアの特質である感情労働やケアへの権利の観点からケア・サービス供給の不全との関連性を検討した.これらを踏まえたうえで,ケア・サービス供給の実効性と持続可能性を担保するために,ケア・サービスの労働者と利用者双方を集合的・数量的に取り扱う分析のみならず,ケア労働者を含む主体の感情・関係性に着目する分析と,ケア・サービスの地理学における「ケア空間」および「第三の空間」の積極的な導入を提案した.
本研究では経済連携協定(EPA)に基づく外国人介護福祉士候補者の受入れに焦点を当て,国内の介護労働力需給の地域的な特性を捉えたうえで,EPA候補者受入れの推移,受入れ施設や候補者の地域的分布を検討した.さらに,EPA候補者受入れ枠組みの課題を取り上げるとともに,現行の制度的枠組みのもとでの外国人の受入れ状況を考察した.
2008年度に開始されたEPA候補者の受入れは,2009年度から2011年度に受入数が減少したが,施設側の受入れ促進につながるようにプログラム内容が変更され,2012年度以降,受入れ人数や受入れ希望人数が増加した.受入れ施設が多く立地する地域は,介護労働力の需要が増大している大都市圏,EPA候補者の受入れを進める法人が施設を展開する岡山県や徳島県等である.
施設側の経済的・人的負担の大きさ,受入れ希望人数の増加など,EPAの枠組みには固有の問題がともなうことから,これ以外の方法を用いて外国人の受入れを進めるEPA候補者受入れ施設もある.2019年に開始された特定技能外国人の受入れは,深刻な人手不足への対処を目的としていて,人手不足が深刻な地域,特に大都市圏において進展すると推察される.
 本稿は,1990年代以降の日本全国スケールでの工業雇用の地域的変動の特徴,地方圏工業の人材獲得戦略の2点について考察した.第1 に,1990年代初期の工業空間構造は3大都市圏を中心とする4地帯構成として把握された.その後工業雇用の全般的減少に伴い,5地帯からなる空間構造への再編が生じた.このうち東海・北関東・甲信・北陸などへの工業雇用の相対的集中傾向が進み,輸送用機器,生産用機器の成長が寄与していた.対照的に,東京・大阪両大都市圏で工業雇用が激減した.国土縁辺地域でも工業の衰退傾向が認められ,とくに電気機器や繊維・衣服などの労働集約的業種の雇用減少が影響していた.2013年以降の景気回復期の工業雇用の地域的動向は,1990年代以後の長期的な趨勢と大きな違いはなかった.第2に,地方圏中小製造業の人材獲得戦略を論じた.熊本県内の農村地域に立地する機械系中小製造業の事例では,労働市場圏の広域化と,それに対応した立地行動が観察された.また人材獲得や知識・技術を獲得するために,農村地域の企業が地方中核都市の外部経済を活用していることなども明らかになった.工業雇用の減少を伴う空間的再編が全国レベルで進行する中,特に雇用減少が顕著であった国土縁辺地域に立地する中小製造業が,イノベーションに対応した形で労働力の活用を進めていることは,工業雇用の維持の面からも注目され,他地域の事例もふまえた一般化が求められる.
本稿は,再生産の経済地理学に関する試論である.人口地理学と労働の地理学の相互交流を契機として再生産に対する地理学者の関心が高まってきたが,世代の再生産が長期的に保証されていることを暗黙の前提としてきた.資本・国家は,再生産の過程に介入しこれを統制しようとしてきたが,「資本主義の黄金時代」の終焉によってそれは困難となり,再生産は不調を来した.政府は,子育ての障害の除去に努め,再生産の期待を国民に負託するが,ボイコットに直面している.少子化対策は,経済支援や子育て環境の整備のように,経済主義あるいは環境決定論の色彩を帯びる.いずれも一定の条件が整えば場所とは無関係に世代の再生産が達成されると想定するが,現実には出生率の規定要因は無数にあり,その関係性自体が場所によって異なるため,画一的な少子化対策の効果は限定的である.一国の領域内での再生産が困難になると,再生産の空間スケールはグローバル化する.日本は,外国人労働者をスポット買いできる労働力と位置づけてきた.現行の処遇を続けても,外国人労働者にとって日本が選ばれる移動先であり続けられる保証はない.再生産の困難性は,再生産が人間の主体的な意思決定に委ねられていることに起因する.このことは,私的利益の追求が全体にとって最適の結果を必ずしももたらさないという個人と社会のアポリアを示すが,結婚や出産に関する自己決定権を捨てて,社会に殉じる必要はないし,そうすべきでもない.
本稿の目的は,2000年以降の東北6県における工業雇用の動向を統計的に確認し,その地域的特徴を明らかにすることである.また,新たな動向として自動車工業を取り上げ,その展開と人材育成等の現状について紹介した.
東北地方では,電機・繊維工業などの「既存工業」が大きく後退するなかで,自動車工業が新たな軸として工業雇用を支えつつあるが,それは地域的コントラストをもって進展していること,また従来の階層的な労働力利用のあり様は,いくつかのエピソードから,その形態を変化させながらも労働力の給源を広域化させることによって実質を再生産しているのではないか,という仮説を提示した.