衰退する古くからの産業地域(Old Industrial Area : OIA)の問題は, わが国を含め欧米先進諸国共通の悩みであるが, わが国においても阪神工業地帯の核心ともいえる大阪湾ベイエリアにおいて顕著にあらわれている. こうした成熟した分工場経済地域において, 大規模工場の移転・縮小・廃業は, 遊休地・休止施設の多発を招き, 臨海部では土地利用の更新がなされないまま虫食い状の空隙が放置されてきている. 本稿の目的は, かかる都市経済の変化を都市空間上の局地的問題として扱うことに重点を置いた既往研究とはやや視点を変え, 現代都市経済の基盤を形成した産業革命以降の工業化の帰結としてその問題発生の説明を試みることを狙いとしている. 本稿では, かかる産業空間変容の過程を企業の空間組織再編のメカニズムから明らかにしたうえで, 現在生じている工業化の段階を位置づけることになる. かかる長期的視点からのアプローチによって, 今後の都市経済再編の方向を示唆・提案することも可能になると思われる. 実際の分析にあたり, まず産業空間不在の世界を仮説的に設定し, かかる仮構世界から多様な産業空間が論理的に導出されるプロセスを明らかにすることを試みた. ここでは工業化過程を点検する軸として「動的取引モード形成プロセス」を提案することにしたい. それは, 企業行動の変化を, 外部環境変化に対応した合理的な取引モードの形成・再編プロセスとして捉えようとするもので, 実際には企業組織・構造の変化を, ダイレクトに反映していると考えられる取引構造(リンケージ)を点検するものである. このモデルを用いて, 大都市における産業空間が直面するOIAやインナーシティ問題の発生の背景を説明したうえで, 今後予見される都市経済転換の方向について検討をおこなった. 動的取引モードにおける「再統合」段階への進展は, 都市経済がネットワーク型へとシフトすることを示唆している. ここで想定するネットワーク経済とは, 自然発生的連結に基づく自己組織化を軸に, 経済活動の情報化やボーダレス化と深く関わりながら, 新たな都市経済の社会経済調整システムとして機能することになろう. この点では, 工業化過程において近似した形態を持つ集積「都市化の経済」が, 知識・情報を軸として成熟・高度化展開したものと位置づけてもよいであろう.
抄録全体を表示