本研究は,ショートフードサプライチェーン(SFSC) の生成を知識・技術構築の舞台である人間-非人間間のネットワークに着目しながら明らかにした.その際,SFSCの具体的な事例として,能登地域におけるワイン専用種ブドウ(原料ブドウ)の供給体系を取り上げた.能登地域における原料ブドウの生産事業では,ネットワークが空間的に伸長ないし収縮する中で,ブドウ栽培をめぐる知識・技術の構築プロセスが循環的に進行していった.とりわけ,新たな知識・技術の獲得の際に距離を隔てたアクターとの関係が取り結ばれる一方,知識・技術の調整,共有,改変の場面でローカルレベルでのアクター間の密な関係が形成されていった.上のプロセスの各局面においては,地域内外の様々な非人間が動員されるとともに,それらとの関係の中で人間アクターの知識・技術の獲得,調整,共有,改変をめぐる行為主体性と具体的な実践が方向づけられていった.知識・技術構築に関わる人間アクターの諸実践は,再帰的に累積することで原料ブドウ供給体系の生成ないし再生産へと帰結する.事例でみられた知識・技術構築のプロセスは,一般的な食料供給体系の生成においてもある程度共通してみられることが予想されるが,とりわけ「獲得」と「調整」がSFSCに固有の重要な局面として捉えることができる.
同業組合制度は農村織物業における特色のある産地形成に大きな役割を果たした.同業組合には上からの統制機構という側面と同時に,産地による粗製濫造への主体的対応という側面もあった.後者の側面は行政の監督を受けない任意の組合に明瞭である.そこで,本稿では戦前期の羽二重産業を例に,同業組合が産業集積を円滑に機能させるためには産地による主体的対応が不可欠の条件であったことを明らかにした.
羽二重の等級検査は練絹取引により有効に機能する.福井県では任意の組合による自主流通運動の過程で練絹取引が普及し,同業組合による等級検査が有効に機能した.石川県では改組に際して検査事業が同業組合から県に移管になった.市場のインセンティヴを歪めることがなかったため,この市場介入は功を奏した.しかし,粗製濫造への主体的対応の側面が弱体化する結果を招き,同業組合は円滑に機能しなかった.
福島県も練絹取引による等級検査制度の円滑化を目指した.しかし,副業農家にとって練絹取引は不利益であった.次善の策として福島県は生絹の県外搬出を禁止した.市場のインセンティヴを歪めることがなかったため,この市場介入も功を奏した.その後,力織機工場経営者が任意の組合を結成し,直営の横浜販売店を通じて練絹取引を実施した.そして,羽二重市を副業農家に開放し,生絹取引の継続を容認した.
本稿では北京における温州企業の集積地として知られる大紅門アパレル産業地域を事例として,温州出身者による企業が,どのような方法で親族や同郷者等との社会的ネットワークを活用しながら事業を成立させ,産業集積を形成したのかという点を検討した.以上の点を明らかにするために,本研究では同地域でアパレル生産・販売の事業を営む経営者82 名に対して資料収集とアンケート調査及びインタビュー調査を行い,その内容を分析した.調査結果は以下の通りである.大紅門では1980年代から温州出身者によるアパレル製品の工場と販売店の起業がみられるようになった.事業に成功した先行事業者たちは,さらに事業を拡大するために,親族や同郷者たちを労働者として大紅門に呼び寄せていった.これらの大量の労働者たちには,独立して起業する人も多かった.彼(女) らの多くは,縫製工場等で働きながら,生産や販売のための技術や知識,人脈等を身に付けていった.既に事業が軌道に乗っていた先輩の経営者たちは,地縁・血縁のある起業希望者たちに資金援助や取引先業者の紹介等の支援を行っていった.また,このような支援は,生産や販売面で分業を行うことができ,取引先の確保にもつながるため,先行事業者にとっても利益があったと推測される.このようにして大紅門には,地縁・血縁に基づく社会的ネットワークを有する同郷者による小規模事業者の集積が拡大していったことが明らかになった.
2016年10月22日・23日の両日,経済地理学会奈良地域大会が開催された.22日は奈良女子大学を会場に,シンポジウムテーマ「中山間地域における農林業再生」について,長年過疎地域研究に携わってきた地理学者による基調講演をはじめ,地理学および社会学の分野で過疎地域の実態把握や支援を行っている研究者や,「ふるさと復興」に取り組む地方行政担当者からの報告をもとに,中山間地域の中でも人口減少が著しい過疎地域を対象に,今後の地域資源活用の可能性や地域社会の方向性などを議論した.23日は,「奈良の元気な地場産業と農林業持続に向けた取り組み」として,奈良県南部の吉野地域を中心にエクスカーションを実施した.
本稿は,中山間地域において実践されている地域資源の活用による都市農村交流を取り上げ,その実践を可能にする条件を地域住民の対応から検討した.
対象とした静岡市中山間地域では,「食」や「景観」あるいは「人」といった地域資源を活用して,都市市場をターゲットとする都市農村交流が展開されている.事例の「縁側カフェ」では,中高年の女性住民が担い手となり,住民の知恵や技術が生かされることにより,都市から多くの来訪者を得て都市農村交流を図ると同時に,住民の生活上の楽しみが拡大し,集落の活性化に結びついている.また,決して大きくはないが,事業実践から得られる収入は高齢者世帯にとって貴重な収入源にもなっている.
このような地域資源の活用が実現している背景には,「集落ぐるみ」でムラの内部にまで来訪者を受け入れる住民の合意形成がなされたことが大きい.それを可能にした要素として,伝統的に村落社会の代表的地位にあったイエを出自とするM氏が主導して事業に信用力が付与されたこと,女性住民を実践の主たる担い手として位置づけたことにより彼女たちが連帯して賛同の声を上げ,その配偶者たる男性住民にも作用していったことが合意形成に寄与したと考えられる.さらに,中山間地域等直接支払制度など集落に対する補助金を事業費に活用し,各農家に資金拠出を求めなかったことなども指摘できる.また,行政に加えて事業実践に寄り添うアドバイザーの存在,住民の他出子や親族など集落内外にある多様な人々の参画も,事業の持続性という面で重要な役割を果たしていた.ただし,現在までのところ「縁側カフェ」が茶産地の振興という本来の目的に直接結びついていないため,地元で生計手段を確保することが課題となっている.