成長著しいアジアの消費市場には,日本の小売業や外食業のみならず,消費財メーカーの参入が急増しつつある.その背景には,日本での少子高齢化の進行や人口減少によって,日本企業が国内市場に将来性を見出せなくなったことがある.近年の特徴は,消費財メーカーが従来のような現地代理店を介した間接的な市場関与から,自社製品の専売店のチェーン展開といった,より直接的な市場関与に転換していることである.しかしその分,消費財メーカーも小売業と共通する課題,つまりアジアの消費市場の特性の把握と,店舗マネジメントを介した市場戦略の構築という課題に直面している.そこで本稿では,長らくアジア市場に直接関与してきた日本小売業の進出を総括し,どのような困難に直面し,何を学習したのかを整理した.すなわち,アジア市場において日本小売業を苦しめてきたのは,(1)商品調達の困難とそのコストの高さ,(2)低価格競争の激しさ,(3)店舗家賃の高さ,(4)店舗立地選定の失敗,(5)進出タイミングの悪さといった要因であった.これらはアジアの消費市場の特性をよく反映したものであった.また日本の小売業は,a:所得や嗜好以外の要因の重要性,b:日本とは異なるビジネスモデル構築の必要性,c:市場のモザイク性の把握と立地戦略の重要性,d:各市場に潜む地域暗黙知(市場ごとに暗黙のうちに共有化されている規範感覚や価値観)の理解の重要性,などを学習したのである.これらは,今後アジア市場をめざす多くの日本企業にとって共通の課題になるといえよう.
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