バイオサーファクタント(BS)は,微生物のちからによる発酵技術で大量に生産できる界面活性物質である。広義には生物が作る界面活性物質を示すものと理解されているが,実際にBSとして世の中で使われている界面活性物質のほとんどは発酵生産物である。産業分野においては,ここ数年でグローバルリーディングカンパニーのBS事業参入によって競争が表面化しつつあるが,学術分野でもBSに対する動きが活発化してきている。欧州の研究者を中心としたグループが2019年からBiosurfactant International Conferenceを開催しており,また最近ではFrontiers in Bioengineering and BiotechnologyのResearch Topicsを開設し,論文および総説が掲載された。本稿では,BSを取り巻く状況を概説した後,このResearch Topicから研究事例を紹介する。
担子菌酵母が生産するバイオサーファクタントの1種であるマンノシルエリスリトールリピッド(MEL)は,高い生分解性と安全性を有するサステナブル素材である。MELは優れた界面活性作用や自己集合能を有する。加えて,その特徴的な生理活性作用を活かして化粧品素材としての応用が先行しているが,その他の市場への展開を目指した研究開発も進められている。例えば農業分野においては農業用展着剤として有望視されており,環境への影響を抑えながら農薬の効果を高めることが期待される。畜産分野では,その選択的抗菌特性を活かして,反芻動物のメタン生成抑制飼料添加物や,抗生物質を使用しない乳房炎改善剤としての活用が研究されている。さらに,MELの用途は生活資材分野にも広がり,保湿性の付与や抗ウイルス効果,フイルム表面調整効果が見込まれる。本稿では次世代のバイオベース素材として注目されるMELの幅広い用途展開の可能性について概説する。
廃食油は調理中に何度も高温にさらされて劣化した油である。廃食油の環境への負荷を減らすため,多くの論文で廃食油の再利用に向けた研究が紹介されている。その中の一つに天然由来で環境に優しいソホロリピッド(SL)へのアップサイクル活用が注目されている。SLは環境やヒトにとって多くの利点がある一方で,製造コストが高いことが懸念点として挙げられる。SL製造コストの削減のため,フレッシュな油よりも安価な廃食油をSLの原料として利用することは大きな可能性を秘めており,これまで数多くの論文が報じられている。しかし,劣化した廃食油の性質はフレッシュな油の性質とは異なっており,SL生産性(g/day)にどのような影響を及ぼすのかはいまだ調査されていない。本研究では,劣化油の酸価(AV),過酸化物価(PV),カルボニル価(CV)に注目し,それぞれの物性値がSL生産性にどのような影響を与えるのかを調査した。6種類の劣化度合いの異なる油についてSLへのアップサイクルを試みたところ,フレッシュな油の場合のSL生産量(111.1g/L)と同等のSL生産量(106.7~113.0g/L)となった。一方,油脂の消費速度はCVが高くなると遅くなり,フレッシュな油の培養日数が6日であったのに対して,CVが105.34,109.88(μmol/g)の劣化油の場合,完全に消費するまで培養日数が9日かかることが分かった。