日本の付加体中に含まれる中古生代の海洋性岩石（主に石灰岩と層状チャートからなる）は，陸源砕屑物の到達しないパンサラッサ海の遠洋域で長期間堆積した記録を持つ．これらの堆積岩類は，微化石研究の進展により詳しい年代決定が可能になり，さらに1990年代からは主要・微量元素や同位体分析による多元素の情報を得ることで，高い時間解像度で古環境の復元が行われてきた．本巡検では，九州東部の津久見地域および高千穂地域に分布する秩父帯のペルム系〜ジュラ系石灰岩・層状チャートを対象として，これらの堆積岩類が記録した中古生代の古環境イベントに焦点を当てた巡検を予定している．特に，（1）ペルム紀キャピタニアンの寒冷化と絶滅イベント，（2）ペルム紀末大量絶滅，（3）前期三畳紀の海洋無酸素事変と中期三畳紀の回復過程，（4）後期三畳紀のカーニアン多雨事象，（5）後期三畳紀ノーリアンの天体衝突，（6）前期ジュラ紀トアルシアンの海洋無酸素事変を記録した堆積岩類を観察する．

九州西端に位置する長崎変成岩は西彼杵（にしそのぎ），野母（のも），天草高浜の3つのユニットから構成され，南北方向の分布を示す．西彼杵ユニットは約90 Maの片岩類と蛇紋岩類からなる単調な同斜構造を示す低温高圧型変成岩である．西彼杵ユニットには，片岩類に挟在されて蛇紋岩メランジュが複数存在する．そのうち最大のものは三重（みえ）メランジュで，厚さ最大350 m，延長約8 kmに達する．三重メランジュはヒスイ輝石岩を産することが特徴的である．また西海市（さいかいし）雪浦（ゆきのうら）には，片岩中に層状に発達する塊状蛇紋岩の一部がメランジュとなっており，メランジュ中の構造岩塊からマイクロダイヤモンドを産する．このような超高圧条件を示す岩石は西彼杵ユニットの他の場所からは発見されていない．また日本でも唯一の産地である．西彼杵ユニットの変成温度条件は泥質片岩に含まれる石墨の顕微ラマン分光法による温度推定により，450–500 °Cと推定される．圧力条件については三重メランジュについてヒスイ輝石＋石英の存在から1.5 GPa程度，雪浦メランジュについてはマイクロダイヤモンドの存在から2.8 GPa程度以上，また片岩類についてはザクロ石藍閃石片岩中のザクロ石，オンファス輝石とフェンジャイトを用いた圧力計より1 GPa程度（ザクロ石コア部）から2.2 GPa程度（ザクロ石リム部）と推定される．

九州中部には，北東―南西方向に延びる黒瀬川帯が分布し，シルル紀以降の化石群が産出する．特に，祇園山層は，日本のシルル～デボン系の‘模式地’として有名であり，豊富な化石群を産出する．デボン系山出（やまいで）層は，2000年代に入って命名され，本邦最西端の古鱗木の化石産地でもある．石炭系柿迫（かきさこ）層は，暴風時波浪限界水深より大きい深度で堆積した地層で，生物砕屑物を含む多様な岩相からなる．本巡検では，まず祇園山層の露頭の観察や大型・微化石試料の採集をおこない，堆積環境について考察する．続いて，デボン系山出（やまいで）層にて，古鱗木をはじめとした植物化石の収集と岩相と植物化石の保存・産状を観察する．最後に，石炭系柿迫層にて，様々な岩相の石灰岩を観察し，酸処理によって微化石が抽出できる岩相の一例を紹介する．