2022 年 108 巻 6 号 p. 343-353
Friction stir welding (FSW) was performed under the two welding conditions (rotation speed - traveling speed) of 150 rpm - 100 mm/min and 200 rpm - 400 mm/min using 6 mass%Ni steels with different carbon contents from 0.14 mass%C to 0.63 mass%C. The slightly lower peak welding temperature and the higher cooling rate were predicted under the condition of 200 rpm - 400 mm/min. The effects of carbon content and prior austenite grain size on retained austenite fraction in the stir zones were evaluated. When carbon content was 0.30 mass% or more, a fine microstructure consisting of lath martensite and retained austenite was formed in the stir zone. Irrespective of welding conditions, the amount of retained austenite increased with the increase of carbon content. More retained austenite was obtained at the stir zone under the 200 rpm - 400 mm/min condition, which resulted from rapid cooling and finer prior austenite grains compared with the condition of 150 rpm - 100 mm/min. The effect of the prior austenite grain size on the amount of retained austenite was successfully extracted, and the finer austenite grain size was concluded to play an important role to stabilize austenite by analyzing the difference in the martensitic start temperatures predicted based on the chemical composition and the retained austenite fraction based on Koistinen-Marburger equation.
摩擦攪拌接合(FSW: friction stir welding)は,高速回転する円柱状ツールを被接合材に押し当て,発生する摩擦熱とツールによる攪拌作用を利用した固相接合技術である。発案当初はアルミニウム合金などの低融点金属への適用が主に研究されていたが1–5),ツール材質の改良などにより,今日では鉄鋼材料などの高融点材料への適用も盛んに研究されている5–12)。鉄鋼材料にFSWを施すと,摩擦熱により鋼の高温安定相であるオーステナイトへと相変態を起こし,オーステナイトが動的再結晶し,攪拌後冷却時には室温で安定なフェライトやマルテンサイトなどへの相変態が生じる。攪拌後の相変態挙動は,攪拌に伴う塑性変形,最大到達温度および冷却速度といった加工履歴と熱履歴の両方の影響を受けるため,相変態の結果得られる接合部組織も大きく変化し,継手の機械的特性へ影響を及ぼす。そのため,攪拌直後の微細組織とその後の冷却中の相変態挙動に与える影響を明らかにすることが重要であるが,相変態前の組織形態は相変態によって変化してしまうため評価することが困難であり,明らかになっていない点も多い。
一方,著者らはこれまでに,低合金鋼12,13)や合金鋼14–16)に対して適切な条件でFSWを施すことで,攪拌部においてFSW後もオーステナイトが安定化し,残留オーステナイトが変態誘起塑性(TRIP: transformation induced plasticity)現象を発現することで攪拌部の強度―伸びバランスが向上することを明らかにしている。オーステナイトの安定化は,FSW後における相変態前のオーステナイト中に導入される転位,オーステナイト粒径や相変態界面の易動度などの影響をうけるものと考えられるが17),具体的にどのような条件で形成したオーステナイト組織によって,どの程度の安定化が生じているのかは明らかとなっていない。そこで本研究では,室温で適度な量のオーステナイトが残留するように6 mass%のNiを添加し,炭素量を0.14 mass%から0.63 mass%の範囲で変化させた鋼材において,接合条件を変化させてFSWを行い,FSW攪拌部に焦点を絞り攪拌部の残留オーステナイト量に与える炭素量および旧オーステナイト粒径の影響を評価した。
高周波誘導溶解を用い,低炭素冷間圧延鋼材を溶解素材としてNiおよび炭素を添加して作製した材料を,約950°Cの熱間圧延により1.6 mm厚の板材に成形した。試料は熱間圧延の後,室温まで空冷した。Table 1にカントバック式放電分光分析装置(SHIMADZU,PDA-7000)を用いて測定した各板材の化学組成を示す。以下,各試料をNi量と炭素量xCによって6%Ni-xC%C鋼と表記する。Fig.1にFe-C-Ni三元系状態図の500°C,730°C等温断面18)を示す。図中に各板材の化学組成を菱形印で示す。Fig.1より,いずれの試料も室温ではフェライト+(Fe, Ni)3Cの二相共存状態が安定であり,本研究におけるFSWの接合温度に近い730°Cにおいては6%Ni-0.14%Cを除いてオーステナイト単相状態であることが読み取れる。
Alloy | C | Si | Mn | Ni | Cr | Fe |
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6%Ni-0.14%C | 0.14 | 0.03 | 0.16 | 5.75 | 0.02 | bal. |
6%Ni-0.30%C | 0.30 | 0.03 | 0.17 | 5.86 | 0.02 | bal. |
6%Ni-0.46%C | 0.46 | 0.02 | 0.16 | 5.85 | 0.02 | bal. |
6%Ni-0.54%C | 0.54 | 0.02 | 0.16 | 5.76 | 0.02 | bal. |
6%Ni-0.56%C | 0.56 | 0.03 | 0.16 | 5.97 | 0.02 | bal. |
6%Ni-0.63%C | 0.63 | 0.02 | 0.17 | 5.82 | 0.02 | bal. |
Isothermal sections of Fe-C-Ni phase diagrams18) at (a) 730°C and (b) 500°C. The compositions of present study are indicated by rhombus marks.
各材料に対して,ショルダー径12 mm,プローブ径4 mm,プローブ長1.4 mmのWC超硬合金製のツールを用い,1枚板に対するstir-in-plateでFSWを実施した。ツール回転速度と接合速度をそれぞれ200 rpm - 400 mm/min(20.9 rad/s - 6.67 mm/s)とする条件および150 rpm - 100 mm/min(15.7 rad/s - 1.67 mm/s)とする条件の2つの接合条件を用いてFSWを行った。これら2つの接合条件は,最高到達温度がオーステナイト単相温度であり,比較的冷却速度の大きな条件と比較的冷却速度の小さな条件で実験を行う目的で設定した。すなわち,従来の結果8,19)より予想される200 rpm - 400 mm/min,150 rpm - 100 mm/minそれぞれの条件での最高到達温度は700°Cおよび730°C,冷却速度は約100°C/sおよび約60°C/sである。ビード長は40 mmとし,押込み荷重をそれぞれの接合条件で36.3 kNおよび25.5 kNとし,接合中は一定に保った。本稿では,板面法線方向をND(normal direction),接合方向をWD(welding direction),それぞれに垂直な方向をTD(transverse direction)と称することにする。また,ツールの回転方向と接合方向が一致する前進側をAS(advancing side),反対を向いている後退側をRS(retreating side)とする。
2・3 評価方法得られた攪拌部に対して,WDと垂直な断面において,光学顕微鏡によるマクロ組織観察,SEM(scanning electron microscope)による微細組織観察およびEBSD(electron back scattering diffraction)測定を行った。放電加工により切り出した試料片を機械研磨後3%ナイタール溶液でエッチングしたものを光学顕微鏡観察試験片とし,機械研磨後にHClO:CH3COOH=1:9溶液中において20 Vで電解研磨したものをEBSD測定用試料とした。EBSD測定は,加速電圧15 kVにて接合中心部の表面から0.7 mmの深さの20 µm×40 µmの領域を0.05 µmピッチで測定した。CI値が0.05以下の測定点を排除して解析を行い,排除した測定点はマップ上では黒点で示す。また,微小領域X線回折装置(D8-DISCOVER with GODDS,Bruker)を用い,ターゲットをCo,加速電圧を35 kVとし,500 µm径の金属製コリメーターで絞ったCo-Kα線(λ=1.79026 nm)をWDと垂直な断面のEBSD測定に供したのと同様の領域に照射し,X線回折強度2θプロファイルを測定した。得られた2θプロファイルから求めたオーステナイトの格子定数aから,a=357.3+3.3xC in γ(mass%)20)の式を用いてオーステナイト中の炭素量xC in γを算出した。
Fig.2には炭素量が0.14 mass%から0.63 mass%の各試料母材断面のSEM画像を,Fig.3には炭素量0.30 mass%および0.63 mass%の母材断面の相分布マップを示す。フェライトおよびマルテンサイトを意味するBCC相を暗灰色,オーステナイトを意味するFCC相を明灰色で示し,方位差15°以上の大角粒界を黒線で示す。Fig.2に示すように,各試料は等軸フェライト,パーライト,マルテンサイトおよび残留オーステナイトが混在する組織を示し,炭素量が増加するほどマルテンサイトの割合が増加する傾向が見られた。Fig.3に示すように,残留オーステナイトは主にマルテンサイト中に分布する傾向が見られた。
Secondary electron images of base metals of 6%Ni- (a) 0.14%C, (b) 0.30%C, (c) 0.46%C, and (d) 6%Ni-0.63%C steels.
Phase maps of base metals for 6%Ni- (a) 0.30%C, (b) 0.63%C steels. The distributions of BCC and FCC phases. The area fractions of these phases are denoted on each image.
Fig.4に,それぞれの接合条件で接合した6%Ni-0.30%C鋼,6%Ni-0.46%C鋼,6%Ni-0.63%C鋼のWDに垂直な断面の光学顕微鏡写真を示す。これらの写真は全て右側にASを配置している。ここに示したものを含むいずれの継手においても攪拌部表面や断面写真に欠陥等は確認されなかった。いずれの攪拌部においても母材と異なるコントラストを有する領域が広がっており,接合中に相変態が生じた領域を示していると推測される。Fig.5に例として,6%Ni-0.30%C鋼および6%Ni-0.63%C鋼の攪拌部の板厚中央においてTD方向に沿って測定したビッカース硬度分布を示す。攪拌部の外側に位置する熱影響部において硬度低下が見られる。Fig.3でコントラストの変化から相変態が生じたと推測される攪拌部を中心とする中央付近の領域おいて硬度が大きく向上し,ほぼ一様な硬度分布を示している。
Cross-sectional images of (a, d) 6%Ni-0.30%C, (b, e) 6%Ni-0.46%C, and (c, f) 6%Ni-0.63%C steels FSWed at (a-c) 150 rpm - 100 mm/min and (d-f) 200 rpm - 400 mm/min.
Distributions of Vickers hardness along TD in cross sections of 6%Ni-0.30%C and 6%Ni-0.63%C steels FSWed at 150 rpm - 100 mm/min and 200 rpm - 400 mm/min.
Fig.6に150 rpm - 100 mm/minの条件でFSWを行った攪拌部断面中央部のSEM像を示す。Fig.6(a)より,6%Ni-0.14%Cの攪拌部は数μm程度の微細なフェライトおよびパーライトとマルテンサイトの混合組織が見られる。炭素量が0.30 mass%以上の材料においては,大分部がマルテンサイトおよび残留オーステナイトで構成されている。Fig.7にSEM-EBSDによって取得した各試料の攪拌部断面中央部におけるBCC相とFCC相それぞれの結晶方位マップを示す。WD方向と平行な結晶方位を,フェライトやマルテンサイトを示すBCC相とオーステナイトを示すFCC相に分けて示している。Fig.7(a)および(e)に示す6%Ni-0.14%C鋼では,等軸形状で粒内方位差の少ないフェライト粒と伸長形状を有するマルテンサイトが混在する組織が形成しており,Fig.6(a)で示した組織と一致する。また,6%Ni-0.14%C鋼のBCCの結晶粒の間に微細な粒状の残留オーステナイトが確認される。炭素量0.30%C以上では,いずれの攪拌部も伸長形状を有するマルテンサイトが大部分を占め,その間に残留オーステナイトが混在する組織が形成している。このように,6%Ni-0.14%C鋼と炭素量の多いそれ以外の鋼では,接合中に形成するミクロ組織の特徴が大きく異なっている。また,FSW条件の影響として,150 rpm - 100 mm/minよりもFSW後の冷却速度が速い200 rpm - 400 mm/minで接合した場合に,マルテンサイト組織がより微細となり,残留オーステナイト面積率が増加する傾向が見られた。また,いずれの接合条件においても母材炭素量が多くなるほど残留オーステナイトの面積率が増加する傾向が見られた。
Secondary electron images of stir zones FSWed at 150 rpm - 100 mm/min of (a) 6%Ni-0.14%C, (b) 6%Ni-0.30%C, (c) 6%Ni-0.46%C, and (d) 6%Ni-0.63%C steels.
Orientation color maps the center in of stir zones FSWed at (a-d) 150 rpm - 100 mm/min and (e-h) 200 rpm - 400 mm/min for 6%Ni- (a, e) 0.14%C, (b, f) 0.30%C, (c, g) 0.46%C, and (d, h) 0.63%C steels. The crystal orientations parallel to WD are displayed for BCC and FCC phases; the area fractions of these phases are denoted on each image. (Online version in color.)
Fig.8にEBSDによって測定した,各試料の攪拌部の残留オーステナイトの割合を示す。Fig.7において述べたように,150 rpm - 100 mm/minよりも接合温度が低く冷却速度の速い200 rpm - 400 mm/minで接合した場合に残留オーステナイトの面積率が増加する傾向が見られた。またいずれの接合条件においても母材炭素量が増加するほど残留オーステナイトの面積率が増加する傾向が確認される。
Relationship between carbon content of base metal and retained austenite fraction obtained by EBSD in stir zones of 6%Ni- xC%C steels FSWed at 150 rpm - 100 mm/min and 200 rpm - 400 mm/min.
これらの残留オーステナイト中の炭素量をX線回折で評価した結果をFig.9に示す。母材炭素量が0.30 mass%以上の材料においては0.30 mass%Cの150 rpm - 100 mm/minを除いて,いずれの炭素量および接合条件の攪拌部においても,残留オーステナイト中の炭素量が母材炭素量とほぼ等しいことが見て取れる。このことは,接合中にオーステナイト単相領域まで昇温,攪拌され,オーステナイト中で炭素濃度が均一化され,攪拌後の冷却時には炭素の分配を生じなかったことを示唆している。一方,母材炭素量が0.14 mass%の材料においてはいずれの接合条件においてオーステナイト中の炭素量が顕著に増加しており,接合中に炭素の拡散によるα相とγ相間での炭素の分配が生じていたことを示唆している。これは,6%Ni-0.14%C鋼がフェライト+オーステナイトの二相状態で攪拌を受けたことに加え,冷却中にも拡散変態を生じていることを示唆しており,Fig.6やFig 7のミクロ組織観察の結果とも合致している。すなわち,6%Ni-0.14%C鋼のいずれの接合条件においても観察された等軸フェライトやパーライトは二相域での攪拌中および冷却中の拡散変態によって形成したものであり,炭素の拡散も十分に生じうる。また,0.30 mass%Cの150 rpm - 100 mm/minにおいては,冷却速度が低いために冷却時に部分的に拡散変態が生じることで,Fig.6(b)に示すような微細な等軸フェライトの形成とγ相への炭素の濃化が部分的に生じていると考えられる。一方,母材炭素量0.30 mass%以上の材料において観察されたブロックの間に残留オーステナイトが分布するラスマルテンサイト組織を主体とする微細組織は,無拡散変態により形成したものであり,炭素の拡散も限定的であったと予想される。これ以降では,母材炭素量0.30 mass%以上の試料に対象を絞り,オーステナイト単相状態で攪拌された場合の冷却中の相変態挙動に与える旧オーステナイトの微細組織の影響について考察する。
Relationship between carbon content of base metals and the retained austenite obtained by XRD in stir zones of 6%Ni- xC%C steels FSWed at 150 rpm - 100 mm/min and 200 rpm - 400 mm/min.
母相のオーステナイトとマルテンサイトの間にはKurdjumov-Sachs(K-S)の方位関係があることは良く知られている。本研究で用いた6%Ni-0.63%C鋼の攪拌部においても,残留オーステナイトとマルテンサイトの間には,Fig.10に示すようにK-Sの方位関係を確認した。このようなK-Sの方位関係を用いて,マルテンサイト組織から旧オーステナイト粒の再現を行った21,22)。6%Ni-0.46%C鋼および6%Ni-0.63%C鋼において,このようにして再現した旧オーステナイト組織を用いて評価した旧オーステナイト粒の平均切片長さと炭素量との関係をFig.11に示す。エラーバーは標準偏差を示す。冷却速度の速い200 rpm - 400 mm/minの方が微細なオーステナイト粒を形成していたことが分かる。また,炭素量が旧オーステナイト粒径に与える影響は接合条件による影響と比べると小さいが,両接合条件において炭素量が多いほど旧オーステナイト粒径が大きくなる傾向が共通していることは特筆される。ただし,残留オーステナイトおよび隣接するブロック同士の方位を一つ一つ確認しながら旧オーステナイト組織を再構築したために膨大な時間を要する上,旧オーステナイト粒径が微細すぎる場合や残留オーステナイトが少ない場合には,解析領域全体での再構築を行うのが困難であり,すべての試験片において旧オーステナイト粒径を評価することはできなかった。そこで本研究においては旧オーステナイト組織を再構築する方法より簡便に旧オーステナイト粒径を評価する次に述べる別の手法を検討した。
An example of reconstruction of a prior austenite grain structure exploiting the orientation relationship between martensite and retained austenite. 001 pole figures of martensite and retained austenite contained in the prior austenite grain are shown.
Relationship between carbon content of base metal and average grain intercept of reconstructed prior austenite grain in stir zones of 6%Ni-0.46%C and 6%Ni-0.63%C steels.
EBSD測定においては小角境界よりも大角境界の有無を精度良く評価することができる。ラスマルテンサイト組織の中で,比較的大きな方位差を有する境界で囲まれ,一種の結晶粒としてみなせる最小単位はブロックである。そこで,ラスマルテンサイト組織におけるブロックに着目し,ブロックサイズと旧オーステナイト粒径や残留オーステナイト面積率との関係を調査した。
ラスマルテンサイト組織において,各ブロック間の境界は10°前後以上の比較的大きな方位差を有する。一方では,ラス境界の方位差は1°~2°程度である23,24)。そこで今回の解析では,ブロック間の境界をすべて含むように5°以上の方位差を有するバウンダリ―を測定した。Fig.12中に示すように,一つ一つのブロックのMax feret lengthをブロック長とし,各試料の攪拌部の解析領域内おける算術平均ブロック長を求め,Fig.12に炭素量の関数としてプロットした。いずれの接合条件においても,炭素量が0.3 mass%から0.46 mass%に増加するに伴い平均ブロック長はまず急激に減少し,その後0.46 mass%以上の炭素量の領域において平均ブロック長はわずかに増大する傾向が見られた。この傾向については,後で議論する。接合条件で比較すると,いずれの炭素量においても150 rpm – 100 mm/minで接合した場合よりも,200 rpm – 400 mm/minで接合した場合に平均ブロック長が小さくなっている。
Relationship between carbon content of base metal and average block length in stir zones of 6%Ni-xC%C steels.
Fig.13に,Fig.11で示した旧オーステナイトの平均切片長さとFig.12で示した平均ブロック長との関係を示す。Fig.13より,旧オーステナイト粒径と平均ブロック長さは母材炭素量や接合条件によらず,一つの直線的関係で整理することができ,旧オーステナイト粒径が微細なほど平均ブロック長さも小さくなることが分かった。Makiらは0.2%C鋼や18%Ni鋼などにおいて旧オーステナイト粒径の微細化に伴いパケットサイズやブロック幅が直線的に減少することを示している25)。パケットは平行なブロックが集まって構成されているため,今回のブロック長の傾向はパケットのサイズの変化を反映したものであると推察される。すなわち,ブロック長が旧オーステナイト粒径を示唆していると考えられる。したがって,Fig.12のブロック長の傾向は,いずれの炭素量においても150 rpm – 100 mm/minよりも200 rpm – 400 mm/minで接合した場合の方が旧オーステナイト粒が微細であることを示唆する。これは,攪拌中の温度および攪拌後の冷却速度の違いによる微細化と粒成長の度合いの違い反映していると考えられる。また,いずれの接合条件においても炭素量が0.30 mass%から0.46 mass%まで増加する際に旧オーステナイト粒径が急激に減少し,0.46 mass%以上では炭素量の増大に伴い旧オーステナイト粒径がわずかに増大する傾向が示唆される。後者については,Fig.11に示したEBSDデータから再構築した旧オーステナイト粒の粒径と炭素量の関係とも一致する。Charnock and Nuttingは炭素鋼において,炭素含有量0.2 mass%以下では炭素含有量増大に伴いオーステナイトの積層欠陥エネルギー(SFE: stacking fault energy)は低下し,0.2 mass%以上ではむしろ上昇することを報告しており26),Fig.12から示唆される炭素量による攪拌部の旧オーステナイト粒径の変化は,炭素量によるSFEの変化が攪拌中のオーステナイト組織の形成過程に及ぼす影響を反映しているものと推察される。
Relationship between average block length and average grain intercept of prior austenite in stir zones of 6%Ni-0.46%C and 6%Ni-0.63%C steels.
しかし一方で,旧オーステナイト粒径が同じであっても,炭素含有量の増加に伴ってパケットサイズやブロック幅も微細化することが知られており,例えばKawataらは9%Ni-x%C鋼の上部ベイナイトにおいて,含有炭素量が0.15 mass%から0.30 mass%に増加するとブロックのサイズが小さくなり,それ以上の炭素量では大きく変化しないことを報告している27)。本研究の6%Ni-x%C鋼のマルテンサイト組織においては,Fig.12に示すように0.46 mass%C以上において炭素量の増加に伴いブロック長は僅かに増加する傾向にあり,今回測定された母材炭素量や接合条件の変化に伴うブロック長の変化は,少なくとも0.46 mass %C以上においては旧オーステナイト粒径の変化を反映していると言える一方,0.30 mass %C以下においては旧オーステナイト粒径とブロック長の関係が変化することが示唆されることから,ブロック長によって旧オーステナイト粒径を一意に評価するのは適切ではない。以上の検討に基づき,本研究では,0.46 mass%C以上において旧オーステナイト粒径の指標として平均ブロック長を用いることとした。
Fig.14に,6%Ni-xC%C鋼の攪拌部における平均ブロック長と残留オーステナイト量との関係を示す。炭素量,接合条件の違いに関わらず,平均ブロック長が小さくなるほど残留オーステナイトが増加するという一つの傾向で整理することが出来ることが分かる。これは,攪拌部の残留オーステナイトの面積率の増加が,炭素量の影響だけではなく,生成するマルテンサイトのブロック長さの微細化,すなわち旧オーステナイト粒径の微細化の影響と強く相関していることを意味している。このことは24%Ni-0.1%C鋼の攪拌部において,より微細なオーステナイトほど高い安定性を有し,より多くの残留オーステナイトが形成するという著者らの過去の報告と一致している16)。しかしFig.14においては,炭素量の違いによる相変態の化学的駆動力の変化の影響を分離して評価できていないため,旧オーステナイト粒径の微細化によるオーステナイトの安定性に与える影響がどの程度であるのかを評価することが出来ない。以降,この点について議論する。
Relationship between average block length and retained austenite fraction obtained by EBSD in stir zones of 6%Ni-xC%C steels.
残留オーステナイトの安定性の変化は,マルテンサイト変態挙動の変化を伴って生じるはずである。マルテンサイト変態挙動を示す最も主要なパラメータとして,マルテンサイト変態開始温度(Ms点)が用いられる。Ms点は化学組成により変化することが知られており,Ms点に対する合金元素の影響は,合金元素Mの含有量をxM mass%とすると,例えば下式によって表される28)。
(1) |
式(1)では,炭素量が0.1 mass%増加するとMs点が約35°C低下することを示している。
一方では,Ms点と残留オーステナイト量あるいはマルテンサイト量との関係を表すために,Koistinen-Marburger (KM)モデルが用いられる29)。すなわち温度Tにおける残留オーステナイトの体積割合Vγは,
(2) |
と表される。ここで,αmは変態速度パラメータ,TKMはKoistinen-Marburgerのマルテンサイト開始温度である。式(2)は以下のように変形することができる。
(3) |
すなわちαmが定まれば,焼入れ後の残留オーステナイト体積割合Vγから,マルテンサイト開始温度TKMを見積もることができる。ただし,式(2)は,Vα'=0.15以下の変態開始初期においては実験結果と一致せず30),そのため式(3)で求まるTKM温度は実験的に測定されるMs点とは一般的に一致しない点に注意が必要である。また,αmは冷却中のマルテンサイト生成速度に関連するパラメータで,化学組成や旧オーステナイト粒径などによって変化し,0.01129)や0.02317)程度の値をとる。こうしたTKM温度とそのMs点からのずれやαmを求めるためには,冷却中のマルテンサイト生成量を測定する必要があり17),今回の研究において,これらを物理的に正しく定めることはできない。
そこで本研究では,速度パラメータαmを一定と仮定し,炭素量の変化以外の影響による残留オーステナイト量の変化がすべてマルテンサイト変態温度の変化によって生じていると見做し,この見かけ上のマルテンサイト変態温度の変化をオーステナイト安定化の評価指標として用いることを検討した。すなわち,比較するすべての材料においてαmを一定値とし,EBSDで測定した残留オーステナイト割合を用いて式(3)から見かけのKMマルテンサイト変態開始温度
(4) |
ここで,∆Msを母材炭素量に対してプロットし,∆Msと母材炭素量の相関係数が0に近づくようにαmの値を調整することで∆Msから母材炭素量による影響を排除した。式(4)のTを接合時の室温10°Cとし,上記の手順で得たαm=0.0132の値を用いて計算したMs,
Relationships between calculated martensitic start temperatures
(MS,
Fig.15においては,一部の材料において∆Msが正の値を示しており,マルテンサイト変態開始温度が上昇しているように見えるが,これは今回用いたαmが実際の値と異なっていることに加え,EBSDによる測定時にCI値の低い測定点を排除しているために残留オーステナイト量が実際よりも低く測定されており,その結果として
Ni量6 mass%で炭素量を0.14 mass%から0.63 mass%の範囲で変化させた鋼材に対して,150 rpm - 100 mm/minと200 rpm - 400 mm/minの2つの接合条件でFSWを行い,FSW攪拌部の残留オーステナイト量に与える母材炭素量および旧オーステナイト粒径の影響を検討した。なお,FSWの最高到達温度は前者の方が高く,FSW後の冷却速度は後者の方が速い。
(1)母材炭素量0.30 mass%以上の鋼の攪拌部は,いずれの接合条件においてもラスマルテンサイトと残留オーステナイトで構成される微細組織が形成された。
(2)いずれの接合条件においても,母材炭素量の増加に伴い残留オーステナイト量が増加した。
(3)微細な旧オーステナイト粒が形成していた200 rpm - 400 mm/minの攪拌部において残留オーステナイト量が多く形成した。
(4)母材炭素量0.46 mass%以上の鋼の攪拌部では,マルテンサイトの平均ブロック長さは旧オーステナイト粒径と直線関係を示し,旧オーステナイト粒径の指標として用いることが可能であった。
(5)母材化学組成および残留オーステナイト量のそれぞれから計算した見かけのマルテンサイト変態開始温度