抄録
【目的】イオントフォレーシス (Iontophoresis:以下, IP) とは, 低電圧の直流電流を用いて経皮吸収型製剤の局所への浸透性を向上させることができる薬剤輸送システムの一つである. イオントフォレーシスは, 種々の有痛性疾患に対して, 主にステロイド剤を用いた鎮痛効果を検証している先行研究が認められる. しかし近年, 経皮吸収性の優れた非ステロイド性抗炎症剤 (Non-steroidal Anti-inflammatory Drugs:以下, NSAIDs) が開発されており, その有用性が多数報告されている. 今回, 右腱板不全断裂にて保存療法中の一症例に対して, 鎮痛を目的としてNSAIDsを用いたイオントフォレーシスを実施したので報告する.
【方法】症例は76歳の女性である. 転倒時, 右肩を強打し, 整形外科を受診し右腱板不全断裂と診断された. 保存療法が選択され, 三角巾着用による患肢安静, 鎮痛目的とした経口の薬物療法を受けていたが, 夜間・安静時, また運動時の強度の疼痛が持続しており, 患肢の挙上は困難であった. その後, 経口の薬剤服用が原因と思われる副作用が生じたため, 経口の薬物療法は中止され坐剤に変更となり, 運動療法・温熱療法が追加して開始された. 夜間・安静時, また運動時の疼痛はやや改善傾向を認めたが, さらなる改善を目的として, 主治医よりNSAIDsを用いたイオントフォレーシスが指示された. 理学療法士による初期評価では, Visual Analogue Scale (以下, VAS) を用いた右肩関節の疼痛は, 夜間時42mm, 安静時32mm, 運動時68mmで, 肩峰下滑液包部に圧痛を認めた. 自動関節可動域 (Active Range of Motion:以下, AROM) は, 右肩関節外転120度で, 他動関節可動域 (Passive Range of Motion:以下, PROM) は, 右肩関節外転120度, 外旋35度であった. ハンドヘルドダイナモミータ (アニマ社製, μ-tus F1) を用いた等尺性右肩外転筋力測定は2.6kgfであった.
本症例に対するIPは, 使用機器はIntelect MobilStim (Chattanooga社製) , 電極はOptimA Disposable Electrodes (Chattanooga社製) , 薬剤にNSAIDsに分類されるジクロフェナクナトリウム (ボルタレンローション1%) を使用して実施した. 本薬剤は, IP適用に伴い経皮吸収性が向上する可能性があることが報告されている. IPの実施方法は, 陰極を輸送電極に設定し本薬剤を塗布し肩峰下滑液包に該当する皮膚上に, 分散電極である陽極は, 上腕遠位部の上腕二頭筋筋腹に設置した. 尚, 電極設置前には, 電極設置部位の皮膚を十分に清拭し乾燥した. IPの治療パラメータは, 電流強度は本症例の電気刺激への耐容性を考慮し2.0mAに, 治療時間は25分で総投与量は50mA-min, 治療期間は2週間で合計6回実施した. IP介入期間中の薬剤投与や運動療法, 温熱療法の内容は一定に保ち, ADLは一定の活動量を維持するよう指導した.
【説明と同意】本研究の説明は医師と理学療法士が行った. IPの方法や予測される効果,副作用などを記載した文書を作成しインフォームドコンセントを行った. 本研究に自由意志で参加することを確認後に治療を開始した.
【結果】治療終了時の本症例の疼痛は, VASで測定した疼痛が, 夜間時33mmに, 運動時32mmに変化した. 安静時痛に変化は認められなかった. AROMは肩関節外転145度に, PROMは肩関節外転150度, 外旋50度へ増加した. 等尺性肩外転筋力は6.4kgfに増加した. IPに伴う副作用は認められなかった.
【考察】本症例は, 薬物療法や運動療法, また温熱療法が実施中であったが, これらにIPを付加した期間中に, 疼痛の軽減, ROMや筋力の改善が認められた. これは, IP適用に伴いNSAIDsの経皮吸収性が増加した結果, 腱板不全断裂後に生じた肩関節内の炎症が改善したことが推察された. 今後はIPの効果を客観的に実証できるよう, シングルケースデザインなどの手法を用いた症例研究が必要である.
【理学療法研究としての意義】IPは物理療法と薬物療法を組み合わせた治療で, 医師との協力の下, 今後ますます発展する分野であろう. 本報告は, 今後のIPの利用可能性を示唆したため, 有用である.