2023 年 38 巻 2 号 p. 170-186
トランスフォーマティブ・イノベーション政策とは,多様なアクターと新しい社会実践を取り込んで社会の変革を促すことに焦点を当てるものであり,現在主流のイノベーション政策に欠けている目的意識と方向性を持つ。望ましい社会的・環境的な方向へと戦略的にシフトするイノベーション政策の規範的転回は,サステナビリティ・トランジションやディープ・トランジションという長期的・横断的・根本的な変革プロセスと概念的に同調する。なお,「トランジション」がどのように社会技術システムを変化させるかというプロセスを重視するのに対して,「トランスフォーメーション」は変化する方向性そのものが焦点となり,何が変化の創発パターンであるかに注目する。後者は必ずしもシステム的な変化ばかりでなく,個人の動機や価値とともに,人間以外のアクターを含むより幅広い主体の参加や関係性を重視する。しかし,多様な参加は合意形成や意思決定を難しくし,人間以外のアクターも内生的な要因として関わるため,イノベーションの方向性は人間の規範的な意識によってのみ決められるわけではない。そこで求められるのはモニタリングや評価といったシステムの再帰性ばかりでなく,アクター自身の認識や態度,行為を改めるという個人の再帰性であり,人文・社会科学者もイノベーションの創造に向けて積極的な役割へと自らを変革させていくことが期待される。