2025 Volume 34 Issue 2 Pages 178-182
COVID-19肺炎後に低酸素血症となった70歳代前半の症例を担当した.自宅への復帰に向け,労作に伴う低酸素血症状態を軽減しながらのトイレ動作獲得を目指した.一般病棟へ転棟後,リザーバー付き鼻カニュラO2 5 L/minの状態でトイレでの排泄練習を行うと,SpO2 が77%まで低下したが,症例は楽観的な態度を示し,病識が低下している様子が見られた.セルフモニタリング能力の向上と行動変容を目指し,視覚的フィードバックを取り入れながら動作練習を進めたところ,病棟内では動作遂行が可能になった.しかし退院後の夜間の排泄を見据えた環境調整の提案については消極的な態度を示した.そこで,入院中に家族や在宅スタッフと,入院中の経過に加え,症例の環境調整に対する葛藤について共有するとともに,夜間の排泄状況について定期的に確認をしてほしいことを依頼したところ,経過の中で症例は環境調整を自ら選択し,トイレ動作の遂行が可能となった.
2019年に初めて報告された新型コロナウイルス感染症(coronavirus disease 2019:以下COVID-19)は世界中に感染が拡大した.COVID-19 の症状は幅広く,完治後も疲労感や筋力低下(約63%),睡眠障害(約26%),動悸(9%),関節痛(10%),食欲減退(8%)など長期的な健康障害が報告されている1).重症例では,しばしば急性呼吸窮迫症候群2)や肺線維化3)といった合併症が見られる.肺線維化は,拡散障害や拘束性換気障害を引き起こし,運動時低酸素血症(exercise induced hypoxemia:以下EIH)を引き起こす可能性がある4).COVID-19重症例の EIH の合併は,患者の退院後の生活に大きく制限を生じさせる可能性がある.
今回,COVID-19肺炎後,低酸素血症が著明となった症例の作業療法を経験した.症例は,日常生活活動(activities of daily living:以下ADL)遂行時にSpO2 が低下しながらも病識に乏しく,リスク管理をせずに動作を続けようとしていた.そこで,SpO2 の低下の幅や時間を短縮し,心臓への負担など合併症を予防しながら自宅生活が継続できるよう,症例のセルフモニタリング能力の向上のための工夫をしながら各種介入を進めた.また,自宅退院後,入院中に獲得した能力を維持できるよう環境調整の提案を行うとともに,入院中から家族や在宅スタッフとの情報共有を密に行い各種調整を行った.結果,入院中および退院直後は自宅内の環境を変えることに対して抵抗を示したものの,その後,環境調整を受け入れ,自宅でもリスク管理を行いながらの排泄が可能となった.
本症例が自宅での排泄自立に至るまでの経過に考察を加えて報告する.なお,本報告に際して,症例から同意を得ている.
基本情報:70歳代前半,男性.A氏(身長 165 cm,体重 58.9 kg,body mass index 21.6 kg/m2,ブリンクマン指数:20本×20年(20-40歳)=400).
診断名:COVID-19肺炎.
既往歴:特になし.
COVID-19ワクチン接種歴:あり.
家族構成:妻と愛犬1匹.近所に娘家族が在住.
入院前生活:独歩でADL自立.建設業の社長であり,管理業務に加え自ら現場に出ることもあった.
現病歴:2021年7月X日,コロナワクチン接種後,知人らとゴルフや飲食を共にした.X+4日に発熱を認め,近医にて解熱剤を処方され経過を見ていたが症状が持続していた.X+10日に救急要請し他院へ搬送され,CTにてすりガラス陰影を認め,COVID-19 のポリメラーゼ連鎖反応(polymerase chain reaction: PCR)検査が陽性となり入院となった.X+17日後,高流量鼻カニュラ フロー 50 L/min,
主治医からSpO2 80%以上が目安,一次的に80%を下回ることは許容するとの指示があった.BP 111/81 mmHg,HR 88 bpm,SpO2 98%,RR 24回(O2 5 L/minリザーバー付き鼻カニュラ),修正Borgスケール 0.採血データ:LD 225 U/L,CRP 2.25 mg/dL,WBC 6,200/μL,pH 7.452,PaCO2 41.5 mmHg,PaO2 42.7 mmHg,HCO3- 28.3 mmol/L.ADL: Barthel Index(BI)25点,Functional Independence Measure(FIM)66点(運動項目31点,認知項目35点).起居動作や端坐位は自立.移乗や立位保持は見守り.改訂長谷川式簡易知能評価スケール(Revised Hasegawa’s Dementia Scale: HDS-R)27点,Mini-Mental State Examination(MMSE)27点.短期記憶や計算に減点を認めた.ベッド-車椅子間の移乗,トイレ-車椅子間の移乗,手すり把持での立位,車椅子座位での手洗いなど,トイレでの排泄に必要な各工程の動作遂行時にSpO2 が77%,RRは30回前半へ上昇し,5分間の座位休憩後でもSpO2 は88%,PRは 100 bpm前半だったが,A氏は「歩いてトイレに行けると思う.酸素の値を見ながら行けば大丈夫でしょう」と楽観的な発言が目立った.X+59日,トイレで排便を行うと,SpO2 は60%台まで低下した.X+61日,留置カテーテルが抜去となった.
【介入経過・結果】 1. 「できるADL」の拡大を目指した時期(X+49日~X+64日)SpO2 が低下した際の呼吸困難や動悸の自覚症状がなかったため,活用できる自覚症状をA氏と模索すると,A氏は,「吸う際に2段階になるような息のしにくさ」「お腹に力が入る感覚」を自覚した.これらの症状が改善し吸気が1度で行える感覚となるまで休憩すると,SpO2 85%以上へ回復していることが多かった.これらの自覚症状の変化について共有するとともに,SpO2 が85%の改善ではすぐに目標値よりも低下しやすいため,88%以上に改善してから次の動作に移るように繰り返し自己管理指導を行った.しかしながら,言語的な指示だけでは,なかなか自己管理が習慣化しなかったため,トイレ動作を工程毎に分けた活動分析表(図1)を作成し,視覚的なフィードバックを行いながら,工程別の動作練習から連続動作練習へと段階的に練習を進めていった.A氏は徐々に「動くと結構下がるんですね」と,自身の活動時の状態を自覚できるようになり,前日のSpO2 の変化との比較を行うなど,経時的な変化も把握できるようになっていった.
トイレ動作の能力向上に伴い,「しているADL」への定着をはかるため,居室からトイレまでの歩行練習と並行しながら,徐々に看護師見守り下でのトイレでの排泄へと自立度を変更していった.この時,トイレ動作練習を通して把握したA氏の特徴や動作時の注意点を記載した用紙を,移動の際に使用していた酸素ボンベ台付きの点滴棒およびトイレ内の常に視界に入る場所に貼り,意識付けを行った(図2).排泄時,SpO2 が70%台まで低下することがあったが,自身で変化に気づき,対応することが可能となった.X+70日,日中は病棟内トイレでの排泄が歩行レベルで自立した(夜間は尿器使用).
A氏は病前,寝室から約 8 m離れたトイレまで夜間に平均2回トイレへ行っていた(図3).また,犬と一緒に寝るため布団を使用しており,退院後もベッドや尿器は使用したくないとのことであった.支持物使用での床上動作ではSpO2 87%,PR 110 bpmへ変化し,1分程の座位休憩でSpO2 92%,PR 100 bpm半ばへと改善した.支持物なしでの床上動作ではSpO2 84%へ低下し,床上動作からそのまま立位休憩をすると3分後もSpO2 84%と同様であった.また,床上動作とトイレまでの導線を想定した約 8 mの歩行を行うと,SpO2 は74%に低下した.8日間の動作練習を経て,床上動作自体は安全に遂行可能になったものの,連続動作によりSpO2 は容易に低下しやすい状態であり,負荷の少ない環境の調整を行う必要があると考えた.そこで,立ち上がりや休憩のための椅子を使用する方法を提案し練習を行ったところ,「身体が悪くなったみたいで嫌だ」「自宅では使いたくない」と,病前と異なる動作方法を採用することを受け入れがたい語りが頻繁に聞かれ,繰り返し説明を行っても,その様子に変化はなかった.
A氏はトイレの環境調整に加え,介護保険による人的サービスを導入することについても受け入れがたい様子が見られていた.また,退院後の流量設定として,O2 7 L/min対応の濃縮器変更も検討されたが,「悪くなったような感覚がするから使いたくない」とA氏から希望があり,リザーバー付きカニュラO2 5 L/min継続となった.移動は,自宅内は歩行し,屋外は車椅子を使用することとなった.入浴は,サービスを利用することに対して強い抵抗を示した.A氏は妻の介助での入浴を希望しており,また,家族もそれを了承していたことから,A氏の心理面を考慮し妻の介助での入浴練習を並行して進めた.担当者会議では,家族やケアマネジャーへ,A氏の心理面や退院後に想定されるリスク,望ましい環境面や活動方法の提示を事前に共有し,定期的な確認を依頼した.また,A氏の入院していた時期は,感染対策により家族の面会が原則禁止されていた時期だったため,トイレ動作や,並行して練習していた入浴などその他のADL,心負荷が生じていた際の兆候などの注意点については,限られた対面の機会や視覚的な方法を活用しながら家族・多職種に提示するなど情報共有を図った.
相談の結果,週1回状態観察のため訪問看護を利用することとなり(要介護3,身体障害者手帳1級),X+79日,A氏は自宅へと退院した.X+77日に実施した最終評価では,BP 105/84 mmHg,HR 100 bpm,SpO2 97%,RR 26回(O2 5 L/minリザーバー付き鼻カニュラ),修正Borgスケール 0.採血データ:LD 252 U/L,CRP 0.05 mg/dL,WBC 7,800/μL.ADL: BI 70点,退院時FIM:114点(運動項目79点,認知項目35点)であった.
5. 退院後の変化について(他職種からの情報より)退院から約1ヶ月後,ケアマネジャーへ状況確認を行うとともに,訪問看護師の経過報告書の確認を行った.退院直後は病前と同様の方法で夜間の排泄を行っていたとのことであったが,自身の方法ではSpO2 が低下した際の改善しにくさを自覚し,現在では,入院中に提案した環境調整を自ら行い,生活を継続しているとのことであった.
入院リハ開始当初,A氏はADL遂行中にSpO2 が著しく低下しても楽観的であり,自己管理が不十分な状態であったが,注意点等を掲示し,視覚的なフィードバックを併用しながら動作練習を進めたところ,セルフモニタリング能力の向上を認め,排泄が自立することができた.
病棟内においては労作に伴う低酸素血症状態を軽減したトイレ動作の自立へと至ったA氏であったが,自宅環境を変更することに対しては抵抗を示していた.しかし退院後,SpO2 の低下しやすさ,改善しにくさを自覚し,最終的には自ら環境を変える判断をした.
トランスセオレティカルモデル(Transtheoretical Model: TTM)5,6,7)では,患者は行動変容の必要性を認識していない「前熟考段階」から,変化の必要性を感じながらも行動に移せない「熟考段階」,行動に移るための準備を行う「準備段階」,実際に行動を開始する「行動段階」,新しい行動を維持し続ける「維持段階」へと行動変容プロセスを進むとしている.
最初に環境調整についての提案を行ったとき,A氏はまだ前熟考段階であったと思われる.この段階では,変化の必要性や利点,リスク等についての情報を提供し,患者の意識を高めることが重要とされている.入院後期に自宅環境を調整する必要について説明し,望ましい環境での練習を実施したこと.また,入院中に家族やケアマネジャーとA氏の心理面も含めた情報を共有したこと.退院後も適宜環境調整についての働きかけを継続したことは,A氏が環境を変える必要性を実感したときに,具体的にどう環境を変えれば良いのかを計画し,実際に環境調整を行うまでのプロセス,つまり,熟考段階から行動段階までの移行を補助した可能性があると考える.
本報告は,あくまで1例を対象とした報告であり,結果の一般化はできないが,患者のセルフモニタリング能力の向上に向けたヒントを提示しながら各種練習を進めることや,家族や関連職種と入院中から患者の心理的葛藤を含めた情報共有を密に行い,包括的なサポートをしていくことは,患者の円滑な行動変容を促進できる可能性があると考える.
本論文の要旨は,第33回日本呼吸ケア・リハビリテーション学会学術集会(2023年12月,宮城)で発表し,座長推薦を受けた.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.