2024 Volume 32 Issue 3 Pages 354-357
呼吸器疾患患者の日常生活活動(activities of daily living; ADL)の評価では,疾患特異的尺度として長崎大学呼吸日常生活活動息切れスケール(Nagasaki University respiratory ADL questionnaire; NRADL)や,Barthel index dyspnea(BI-d)などの活用が報告されているが,作業満足度の評価を可視化できるものは少ない.今回,特発性間質性肺炎患者に対して,作業選択意思決定支援ソフト(Aid for Decision-making in Occupation Choice; ADOC)を用いて評価・介入を行った結果,作業満足度の向上が見られた.ADOCは,ADL,IADL,ひいてはその人らしさを構成する重要な作業に対して,効果的に評価・介入するための有効なツールとなる可能性が示唆された.
包括的呼吸リハビリテーションの中での作業療法士(occupational therapist; OT)の役割は,日常生活活動(activities of daily living; ADL)や手段的日常生活動作(instrumental activities of daily living; IADL)における呼吸困難の軽減を中心とした支援であると言われている1).ADL評価において通常用いられることの多いBarthel indexや機能的自立度評価(functional independence measure; FIM)は,呼吸器疾患患者に用いると過大評価されると報告されており2),これまでに疾患特異的尺度として長崎大学呼吸日常生活活動息切れスケール(Nagasaki University respiratory ADL questionnaire; NRADL)3)や, Barthel index dyspnea(BI-d)4)などが活用されているが,作業満足度の評価を可視化できるものは少ない.
作業選択意思決定支援ソフト(aid for decision-making in occupation choice; ADOC)とは,作業療法で目標とする作業を決める面接の際,対象者とOTのコミュニケーションを促進するためのiPadアプリケーションである5,6).日常生活上の作業が95枚のイラストで描かれており,対象者とOTで対話をしながら重要な作業を決定し,その重要度,緊急度や満足度を数値化することが出来る.
今回,特発性間質性肺炎で入院となった患者に対して,ADOCを用いてADL,IADLの評価を行った.重要な作業を聞き取り,問題点を抽出し,休憩のタイミング,姿勢・動作指導,代替手段の提案などを行ったことで,作業満足度の向上を認めたため,考察を加えて報告する.
70歳代女性.独居.
診断名:特発性間質性肺炎.
併存症:脊柱管狭窄症(左上下肢の痺れ,筋力低下あり).
喫煙歴:なし.
現病歴:2年前から咳を主とした呼吸器症状が見られ他院通院中.定期受診の際,胸部単純CTで両側肺野の網状影,すりガラス陰影が出現.近医での治療継続目的で当院紹介受診.在宅酸素療法(home oxygen therapy; HOT)導入,ステロイド治療,ニンテダニブの内服開始,患者教育指導目的に呼吸リハビリテーション入院となる.
入院前生活:入院前はADL自立.1時間程度の犬の散歩,家庭菜園,仕事で着付けや裁縫も行っていたが,労作時呼吸困難感に伴う苦痛や作業の中断が生じていた.買い物は宅配に頼むことが多かった.
【倫理的配慮】事例を報告するにあたり,匿名性の保障,不利益を生じさせないこと,個人情報の厳重な管理を行うことを書面にて本人に説明し同意を得た.また,当院の倫理委員会にて承認を得た(承認番号23-04).
【ADOCの実施】OTの初回評価時に実施.その際にプライバシーへ配慮し,他者へ話の内容が伝わりにくいよう仕切られた空間をセッティングし実施した.患者は提示されたイラストの中からOTと協議して5つの重要な作業を選択し,それぞれ現在の実行状況に対する満足度を,「とても満足している」を5,「全く満足していない」を1とした5段階で評価した.
【介入経過】当院で運用しているパスに準じて,医師は病態や治療の説明を,看護師は疾患管理や増悪予防の説明を,薬剤師は薬の作用や吸入薬の正しい使い方を,栄養士は効果的なエネルギー補給の説明を行った.PTは主に呼吸練習やストレッチングなどのコンディショニング,全身持久力・筋力トレーニングといった運動療法を担当し,OTは生活動作の評価,指導といったADLトレーニングを担当した.OTの介入は入院第3病日を初回とし,2週間の入院期間中,1日40~60分を計8回,退院後は1~2週間に1回40分のOTの外来を計7回実施し, ADOCの重要な作業が不自由なく行える,という合意目標に到達し終了となる第92病日までの計15回とする.
ADOCの評価から重要な作業として,カラオケ,園芸(畑仕事),炊事,掃除,仕事(着物の着付け)の5つが挙がった.それぞれの内容に対して丁寧に聞き取りをし,問題点を抽出したうえで,4病日から12病日までは休憩のタイミング,姿勢・動作指導,代替手段の提案を行った(図1).また,8病日から12病日まではHOTの導入に関して,呼吸法の指導,適切な安静時,労作時の酸素流量評価,携帯ボンベの同調モードでの酸素流量評価,操作方法の指導,火器の取り扱いなどの注意点についての説明を実施した.4病日から12病日まではセルフマネジメント教育として習慣的な運動療法,酸素飽和度のモニタリング,呼吸困難時のパニックコントロールの方法などを説明し習得を目指した.退院後23病日から92病日までは外来にて生活状況の確認,活動量の確認を行った.
結果を表1に示す.最終評価では,6 分間歩行試験(six-minute walk test; 6MWT),4-meter gait speed test(4MGS),修正MRC息切れスケール(modified Medical Research Council dyspnea scale; mMRC),FIMではわずかな変化に留まり,歩行時の息切れも大きな変化は見られなかった.一方,COPD Assessment Test(CAT)7)では各項目でスコアの改善が見られ,NRADLではHOT導入により減点となっているが,ADL項目での動作速度や息切れの改善が見られた.ADOCでは選択した5項目すべてにおいて作業満足度の向上を認めた.患者自身は退院後も日常的な酸素飽和度のモニタリングの継続,自宅でエルゴメータを使用した活動量の維持,自主的な生活の工夫が行えるようになり,セルフマネジメント能力の向上を認めた.本人の語りとしても生活に対する苦しさ,呼吸困難感,不安感といった発言から,出来たこと,再開できたこと,それらによる喜びなど前向きな発言の増加が見られた.
初回(第3病日) | 最終(第92病日) | |||
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6MWT | 総歩行距離 | :270 m | 総歩行距離 | :290 m |
心拍数 | :66→102 bpm | 心拍数 | :66→103 bpm | |
息切れ | :0.5→7 | 息切れ | :0.5→7 | |
疲労感 | :0.5→7 | 疲労感 | :1→7 | |
SpO2 | :94→88% | SpO2 | :97→93% | |
4MGS(m/sec) | 1.1 | 1.1 | ||
mMRC(グレード) | 2 | 2 | ||
CAT(点) | 33 | 10 | ||
FIM(点) | 124/126 | 124/126 | ||
73/100 | 55/100 | |||
NRADL(点) | 動作速度 | :24/30 | 動作速度 | :28/30 |
息切れ | :17/30 | 息切れ | :25/30 | |
酸素流量 | :30/30 | 酸素流量 | :0/30(HOT 2 L/min) | |
連続歩行距離 | :2/10 | 連続歩行距離 | :2/10 | |
ADOCによる作業満足度 | ||||
カラオケ | 1/5 | 5/5 | ||
園芸(畑仕事) | 2/5 | 4/5 | ||
炊事 | 2/5 | 5/5 | ||
掃除 | 3/5 | 4/5 | ||
仕事(着付け) | 1/5 | 4/5 | ||
患者の語り(自覚症状) | ||||
「歩くと呼吸が苦しい」 | 「家で自転車を1時間こいでいる」 | |||
「咳がひどい」 | 「畑も新しい苗を買って植えた」 | |||
「会話するだけでも苦しい」 | 「居酒屋に行って3曲も歌えた」 | |||
「卒業式の着付けも5件できた」 |
今回の事例では,ADOCを用いて重要な作業を選択し作業満足度を評価した.ADOCの最終評価では初期評価と比較し選択した5つの作業全てで作業満足度の向上を認めた.これは患者が日常的に重要と感じているADL,IADLに対して直接的に休憩のタイミング,動作速度や姿勢の指導を行ったこと,代替手段の提案と実践を行ったこと,HOTを使用した生活での工夫や注意点を入院中から話し合ったこと,外来に移行してからも丁寧に生活の相談を繰り返し,OTが協力的態度を示し,賞賛を積み重ねたことなどで,行動変容をより円滑に行えたことが要因と考える.
呼吸リハビリテーションの実施に当たってADLは必須の評価とされているが8),患者の生活を包括的に見たときに,ADLだけでなく,その周囲に存在する重要な作業の評価も大切であると考える.ADOCはその人の日常生活上の重要な作業を95枚のイラストから選択することで,より幅広い視野で患者の生活を評価出来ると考える.
呼吸器疾患患者に対する息切れへの対応には,詳細かつ具体的なインタビューが必要であり,スタッフが患者本人に質問して,患者自身の「言葉」で把握することが重要であるとされている9).ADOCでは,それぞれの作業についてOTと患者で対話を行う.その過程で患者自身も自らの重要な作業と,その問題点や目標を自らの言葉で再認識することが出来,息切れへの対応,セルフマネジメント能力の向上に繋がったのではないかと推測する.
今回の事例からADOCは患者のADL,IADL,ひいてはその人らしさを構成する重要な作業を評価し,患者が自身の生活動作をセルフマネジメントするための有効なツールとなる可能性が示唆された.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.