The Journal of the Japan Society for Respiratory Care and Rehabilitation
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Case Report
A case of applying qualitative assessment of dyspnea to learning support for patients with chronic respiratory failure who have little dyspnea
Mizuki Sugiura Takeshi KakutaYuki OyamaTakayuki Yoshizawa
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2023 Volume 32 Issue 1 Pages 91-93

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要旨

本症例は間質性肺炎の既往があり,うっ血性心不全により呼吸不全が増悪した50代男性.オキシマイザー労作時酸素 7 L/min使用するもSpO2 80%台まで低下がみられた.リハビリテーション介入当初は,自覚症状の乏しさから過負荷な運動により低酸素状態となりやすく,自主練習後の意識消失が二度あった.呼吸困難の表出は,様々な因子の影響を受けるため,多次元的な評価が必要とされる.今回呼吸困難を捉えるため,Multidimensional Dyspnea Profile内の呼吸困難の質の評価(Sensory Qualityの選択)を参照し,本人にとって最も正確な呼吸困難の表現をセルフモニタリングの指標とした学習支援を試みた.その結果,運動時の自己管理が可能となり,過負荷な自主練習は軽減した.

緒言

セルフモニタリングは,自らの健康や病気を適切に管理するために,病気の症状や身体感覚を定期的に測定,記録,観察し認識することと定義される1.呼吸不全患者のセルフマネジメントにおいても,患者自身が症状や身体感覚を観察,認識し,セルフモニタリングが出来るように教育,学習支援を行うことが必要となる.しかし,呼吸困難症状が乏しい患者の場合,自覚症状の乏しさから観察,認識が行えず教育,学習支援は難渋する.呼吸困難は,様々な強度の質的に異なる感覚からなる,呼吸に伴って経験される主観的な不快感とされる2,3.呼吸困難は様々な因子の影響を受け,表出されるため多面的な評価が重要である4.Multidimensional Dyspnea Profile(MDP)は,Banzettらが2015年に公開した多次元的に呼吸困難を捉える評価であり5,6,呼吸の即時の不快感,感覚の質,および感情的な影響を包括的に捉え,日本語版も作成されており,近年MDPを用いた研究報告も散見する7,8,9.今回,呼吸困難が乏しい慢性呼吸不全患者に対しMDP内の呼吸困難の質の評価を用いて,患者の経験する呼吸困難の表現からセルフモニタリングの学習支援を試みた一例を報告する.

症例

年齢:57歳 性別:男性 体格指数:21.6.

診断名:うっ血性心不全,間質性肺炎,抗好中球細胞質抗体(antineutrophil cytoplasmic antibody; ANCA)関連血管炎.

現病歴:X年Y月呼吸困難増悪し他院救急搬送.脳性ナトリウム利尿ペプチド(brain natriuretic peptide; BNP)上昇,胸部X線上著明な心拡大認め,うっ血性心不全の診断.非侵襲的陽圧換気療法導入,利尿剤により状態改善.治療後も酸素需要高く,日常生活動作能力低下を認め自宅退院困難なため,リハビリテーション目的にY+1月に当院転院,理学療法開始となった.

本人の希望:自宅退院,歩行再獲得.

胸部X線所見:全肺野に線状影,網状影.心胸郭比拡大.

検査所見:動脈血ガス分析 pH 7.40,PaCO2 40 Torr,PaO2 55 Torr,HCO3 24.3 mEq/L(オキシマイザーにて酸素 6 L/min投与下).

血液データ:BNP 340 pg/mL,WBC 18,200/μl,CRP 1.35 mg/dL,krebs von den lungen-6(KL-6)2,300 U/mL.

理学療法評価:オキシマイザー使用し安静時酸素 6 L/min投与,SpO2 93~96%,日中は病室や病棟内を車椅子座位で過ごすことが多く,動作は見守りから修正自立で可能.労作時は酸素 7 L/min投与下でもSpO2 80%台まで低下し頻呼吸となるが,修正Borgスケールは息切れ,下肢疲労共に0.5(非常に弱い)~1(やや弱い)であった.

経過:コンディショニング中心に介入を開始.セルフマネジメント教育,学習支援のパンフレットを用いた動作指導,本人持参のパルスオキシメーターで測定したSpO2や修正Borgスケールを指標としたセルフモニタリング,ベッドサイドや車椅子での日常生活動作訓練を行った.しかしながら,介入10日目,20日目には自主練習後に意識消失を起こした.意識消失を起こした要因として低酸素状態を疑い,動作時の低酸素状態予防のために患者が経験している呼吸困難を捉える手段として,介入21日目にMDPの評価を行った.

MDPの結果:MDPは,A1では,何をしている時(自由記載)に呼吸の不快感・つらさが生じるかを10点満点で問う.Sensory Quality(SQ)は呼吸困難の質を評価するために強制選択・評価尺度の両方を採用しており,選択ではA1で記載した場面で,どのように呼吸を感じたか,“呼吸をするために筋肉に力を入れる,または努力が必要”,“十分に空気が得られないまたは息が詰まっているまたは空気が足りないように感じる”,“胸と肺がきついまたは締めつけられているように感じる”,“呼吸をするのに意識的に努力または集中力を要する”,“たくさん呼吸をしている”の5つの表現の中から選択し,その中で最もよく表しているものを強制選択する.尺度は5種類の表現がどのくらいの強さで感じるか10点満点で程度を問う.A2ではA1で記載した場面において,“気分の落ち込み”,“不安”,“いら立ち”,“怒り”,“恐怖”の5つの感情にどの程度なるか10点満点で問う.全体的な呼吸の不快感の程度を示すA1スケールは5/10点,呼吸困難に対する感情的な反応の程度を示すA2スケールの合計は35/50点,呼吸困難の質を評価するために強制選択を用いたSQの選択においては,患者にとって最も正確な呼吸困難の表現は“呼吸をするのに意識的に努力または集中力を要する”を強制選択し,SQスケールの合計は29/50点であった.

セルフモニタリング再指導:介入22日目以降,MDPの評価結果の中から,呼吸困難の質を参照し,SQの選択で挙げられた“呼吸をするのに意識的に努力または集中力を要する”状態を主観的な不快感発生の指標とし,労作時や自主練習時の休憩や中止基準とした.さらにSQの選択で挙げられた主観的な不快感へ意識を向けていくセルフモニタリングの修正を図った.加えて動作後の主観的な不快感発生時のSpO2の値と低酸素状態にならないことを患者と確認した.セルフモニタリング再指導の結果,運動中も適宜休止が行えるようになり,労作時酸素 7 L/min投与下でSpO2 90%以上を保てるようになり低酸素状態は改善,過負荷な自主練習も減少した.介入33日目からは平行棒内歩行訓練を開始.介入34日目にMDPの再評価を実施し,A1スケール,SQの選択に変化はなかったが,A2スケールは35点から19/50点に,SQスケールは29点から23/50点となった(図1).

図1 経過

倫理的配慮:症例を報告するにあたり,個人情報の厳重な管理を行うことを対象者に説明し同意を得た.

考察

呼吸困難は何らかの外的刺激により発生し,大脳で認知され,言語的・非言語的に表出され3段階の経過をたどるとされる10.自覚症状が乏しい患者でも,本人が認知しやすい表出方法(最も正確に表している表現・言い回し)を用いて,症状に注意を向け,観察させることで,症状を認識しやすくなるのではないかと仮説を立てた.本人が認知しやすい表出方法を知るため,今回,MDPを用いて,その評価結果の中から,呼吸困難の質(MDPのSQの選択)を参照し,セルフモニタリングに応用した.良好なセルフモニタリングに導くためには,身体症状,身体活動の変化について自覚または測定し,その内容を正しく解釈すること11とされる.本症例のように,呼吸困難の乏しい患者に対し,修正Borgスケールなどを用いた一定の呼吸困難の問い方ではなく,SQの選択より挙げられた患者自身にとって最も正確な呼吸困難の表出方法を指標に用いて,自らの主観的な経験と不快感を観察し,認識することは,セルフモニタリングに活かせるのではないかと考える.今回は,SQの選択で挙げられた表現を主観的な不快感発生の指標とし,労作時や自主練習時の休憩や中止基準とすることで,主観的な不快感へ意識を向けていくセルフモニタリングの修正を図った.加えて動作後の主観的な不快感発生時のSpO2の値と低酸素状態にならないことを患者と確認したことで,動作中に適宜休憩が行えるようになり,低酸素状態は改善した.呼吸困難の評価は大きく分けて量的評価,質的評価,機能的評価に分類される12.呼吸困難の量的評価は呼吸困難の主観的な量(程度,強度)を測定する尺度で,numerical rating scale,visual analogue scale,修正Borgスケールなどがある.これらの尺度は簡便で,経時的推移を測定するのに適しているが,対象者の主観性に大きく左右されやすい.質的評価はDyspnea-12や,今回用いたMDPなどがあるが,量的評価に比べ,評価に時間を要する.本症例のように自覚症状の乏しい患者,セルフモニタリングが必要な患者に対しては,質的評価を用いることがセルフマネジメントの観点からは有用と考える.臨床上,呼吸困難が乏しい患者を経験することは少なくない.過去に質的評価を用いてセルフモニタリング指導した先行研究の報告はなく,自覚症状が乏しくとも患者の認知しやすい表出方法で問うことにより,症状を認識しやすくなる患者が存在している可能性はあり,本症例同様,セルフモニタリングが可能となる患者の特性など今後も症例を重ねての検証が必要である.

備考

本論文の要旨は,第31回日本呼吸ケア・リハビリテーション学会学術集会(2021年11月,香川)で発表し,座長推薦を受けた.

著者のCOI(conflicts of interest)開示

本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.

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