2019 Volume 35 Issue 2 Pages 126-132
11歳,女児.8歳時に胸部X線検査で腫瘤影を指摘された.CTでは前縦隔右側から心臓右縁にかけて44 × 32 mmの腫瘤を認め,周囲の組織との境界は明瞭で,石灰化は観察されず,明らかな造影効果は認めなかった.MRIでは,T1強調画像(WI)で中間信号があり,T2-WIで低信号から高信号が混在していた.明らかな脂肪成分は認めなかった.血管造影で右内胸動脈から腫瘤への流入血管および上大静脈への複数の流出血管を認めた.PETでは,有意な取り込みを認めなかった.以上の結果から,肺葉外肺分画症を第一に考え,無症状であり,経過観察の方針とした.しかし11歳時のCTで67 × 49 mmと腫瘤の増大,および上大静脈圧排を認めた.またMRIではT1およびT2-WIで腫瘤内部に高信号を示す嚢胞構造を認めた.摘出術の方針とし,胸骨正中切開でアプローチ,腫瘍摘出術(胸腺合併切除)を施行した.病理学的診断は胸腺原発血管脂肪腫であり,悪性所見は認めなかった.
The patient was an 11-year-old girl. At the age of 8 years, a chest radiograph showed a tumor shadow. CT revealed a 44 × 32-mm-sized tumor extending from the anterior mediastinum’s right side to the right-side rim of the heart. The boundary with the surrounding tissue was clear, calcification was not observed, and no clear contrast effect was observed. On MRI, there was intermediate signal in the T1-weighted image (WI) and mixed low-to-high signal in the T2-WI. No obvious fat component was observed. Angiography revealed blood flowing from the right internal thoracic artery to the mass and multiple outflowing blood vessels to the superior vena cava. There was no significant increase in 18F-FDG accumulation on PET. Based on these findings, the tumor was deemed asymptomatic, and a follow-up policy was selected, considering extralobar sequestration first. However, CT examination at 11 years of age showed that the tumor had increased in size, at 67 × 49 mm, and superior vena caval exclusion was observed, while MRI showed a cystic structure exhibiting high signal on T1- and T2-WI inside. Surgery for extrapulmonary lung fractionation and excision was decided on. The operation involved median sternotomy and anterior mediastinal tumor extirpation (thymic complication excision). The pathological diagnosis was thymic angiolipoma, without malignant findings.
血管脂肪腫は間葉系の良性腫瘍である.胸腺原発の血管脂肪腫の報告は我々が検索する限り2例であり,極めて稀である.今回,我々は術前鑑別疾患に苦慮した胸腺原発血管脂肪腫の一例を経験したので,画像所見を中心に文献的考察を加えて報告する.
症例:11歳・女児
主訴:胸部異常陰影
周産期及び発達歴:特記すべき事項なし
現病歴:8歳時に咳と発熱を主訴に近医を受診,胸部X線検査で右下肺野の浸潤影と縦隔側の腫瘤影を認めた(Fig. 1a).肺炎の診断で内服治療を行い,症状は改善したが,再検の胸部X線検査でも腫瘤影は残存していた(Fig. 1b).腫瘤性病変疑いで前医を紹介受診し,胸部computed tomography(以下CT)で前縦隔に腫瘤を認め,精査加療目的で当院を紹介入院した.血液検査では,異常は認めなかった.造影CTでは,前縦隔右側から心臓右縁にかけて44 × 32 mmの腫瘤を認め,石灰化はなく造影効果もなかった.胸腺に広く接しているが,境界は明瞭であった(Fig. 2a).腫瘤内に上大静脈(superior vena cava;以下SVC)に連続する拡張した異常血管構造を多数認めた(Fig. 2a)が,明らかな流入動脈は同定出来なかった.造影magnetic resonance imaging(以下MRI)ではT1強調像で筋と同程度の中間信号,T2強調像で低~高信号が混在していた(Fig. 2b).Dynamic studyではslow-persistent patternの増強効果(早期相で軽度の信号上昇を認め,遅延相にかけて漸増性に信号上昇する.良性腫瘍で主にみられるパターン.)を呈し,内部に拡張した血管構造があり,SVCと連続していた.T1強調像のopposed-phase(脂肪と脂肪以外の成分の信号が打ち消し合う相.少量の脂肪成分の検出に用いられる.)で脂肪成分を認めなかった.悪性疾患の否定目的で施行したpositron-emission tomography(以下PET-CT)では,FluoroDeoxyGlucoseの異常集積を認めなかった.摘出術を想定した場合,流出入血管を同定・把握しておく事は不可欠であり,診断的意味を含めて血管造影を行った.血管造影では,右内胸動脈から分岐する血管が腫瘤に流入しており(Fig. 3a),SVCに還流する異常血管を認める(Fig. 3b)が,逆行性造影では腫瘤内部は造影されなかった.以上の結果から,胸腺腫や奇形腫としては非典型的であり,血管腫などの間葉系良性腫瘍や肺葉外肺分画症を鑑別に挙げ,無症状であることから,経過観察の方針とした.
胸部X線検査
右下肺野の浸潤影と縦隔側の腫瘤影を認めた(a).肺炎治療後も腫瘤影は残存していた(b).
造影CTおよびMRI(8歳時)
造影CTでは前縦隔右側から心臓右縁にかけて44 × 32 mmの腫瘤を認め,胸腺に広く接しているが,境界は明瞭であった.腫瘤内にSVCに連続する拡張した異常血管構造を多数認めた(a).MRIではT1強調像で筋と同程度の中間信号,T2強調像で低~高信号が混在していた(b).
血管造影(8歳時)
右内胸動脈から分岐する血管が腫瘤に流入しており(a),SVCに還流する異常血管を認める(b).
その後,外来経過観察していたが,胸部X線検査で腫瘤影の増大を認め,11歳時の造影CTで腫瘤影の増大とSVCの圧排所見を認め,摘出術の方針で入院となった.
入院時現症:身長は132.5 cm,体重は25.3 kg,左側腹部に手術痕を認めたが,その他に特記すべき身体所見は認めなかった.
既往歴:1歳時に左腎盂尿管移行部狭窄に対して,左腎盂形成術を施行していた.
家族歴:母に甲状腺機能低下症を認めた.
入院時血液検査所見:各種腫瘍マーカー(CA125, AFP, NSE, slL-2R, HCG-β)を含め,異常所見は認めなかった.
造影CT(Fig. 4):腫瘤は76 × 67 mmに増大しており,SVCは拡張および病変により狭小化していた.胸腺を含めた周囲との境界は明瞭で,周囲組織への進展傾向は認めなかった.異常血管が複数SVCに還流しており(Fig. 4a),流入動脈は右内胸動脈が疑われた.石灰化が新たに指摘された(Fig. 4b).
造影CT(11歳時)
前縦隔に石灰化(〇)を伴う76 × 67 mm大の腫瘤性病変を認め,SVCは腫瘤性病変により狭小化していた.異常血管(→)が複数SVCに還流していた.
腫瘤は76 × 67 mmに増大しており,胸腺を含めた周囲との境界は明瞭であった(a).SVCは病変により狭小化していた(↓)(b).異常血管が複数SVCに還流しており(a),石灰化(〇)が新たに指摘された(b).
造影MRI(Fig. 5):上行大動脈およびSVCの腹側から心臓右側にかけて,腫瘤性病変を認めた.胸腺は左側に圧排されているが,境界明瞭・辺縁平滑で,周囲臓器への浸潤は認めなかった.正常胸腺は腫瘍の左側に接していた.T1強調像で筋と同程度の中間信号(Fig. 5a),T2強調像で軽度高信号を呈し(Fig. 5b),内部にT1強調像,T2強調像,short-tau inversion recovery(STIR)(脂肪抑制撮像法)で高信号を呈する嚢胞構造が散見された(Fig. 5c, d).明らかな脂肪成分は認めなかった.Hypointense fociを示唆する所見は認めなかった.
造影MRI(11歳時)
T1強調像で筋と同程度の中間信号(a),T2強調像で軽度高信号を呈し(b),内部にT1強調像,T2強調像,STIRで高信号を呈する嚢胞構造が散見された(c, d).明らかな脂肪成分は認めなかった.正常胸腺は腫瘍の左側に接していた.
以上の結果から,胸腺との境界が明瞭であったことから胸腺外の病変が疑われ,嚢胞構造が散見されること・大血管に連続する異常血管を認めることから,肺葉外肺分画症を考えた.嚢胞構造や石灰化が新たに出現した点や増大傾向を認めた点は,肺分画症に感染を合併した場合に起こりうる変化と考えた.鑑別疾患としては,血管腫,リンパ管腫,脂肪成分の乏しい成熟奇形腫などを挙げた.腫瘤性病変が増大しSVCの圧迫所見を認めることから,SVC症候群を呈する危険性を考慮し,診断・治療目的で腫瘤摘出術の方針とした.
手術は心臓外科と合同で施行した.胸骨正中切開で開胸し,腫瘤を確認すると胸腺との境界が不明瞭であり,胸腺合併切除(全摘術)の方針とした.SVCと連続する複数の異常血管に対しては,SVC遮断を施行せずに心嚢内アプローチを併用し,安全に処理しえた.腫瘤は心膜と壁側胸膜とも一部癒着しており,部分的に合併切除を行い,前縦隔腫瘤摘出術を施行した.心膜欠損部はゴアテックスシートを用いて閉鎖した.手術時間は3時間17分,出血量は224 gであった.
病理所見(Fig. 6):60 × 60 × 40 mm大の腫瘤で,割面ではスポンジ様の球状病変であった(Fig. 6a).組織学的には,前縦隔腫瘍は広範囲に出血を認め,鬱血高度な大小不同種々の血管と脂肪組織よりなり(Fig. 6b),一部にコレステリン結晶を伴う血栓の器質化も認めた.間質にはリンパ濾胞形成を伴う軽度のリンパ球浸潤を認めた.気管支構造や肺胞構造は明らかでなく,免疫染色でもCK7・TTF陽性の肺胞上皮やCK5/6陽性の気管支上皮は確認できなかった.胸腺と腫瘍は境界比較的明瞭で,腫瘍間質のリンパ組織内にもCK5/6陽性細胞は確認出来なかったが,一部胸腺から移行するように腫瘍が認められることから,胸腺原発の血管脂肪腫の診断に至った.明らかな悪性所見は認めなかった.
病理所見
60 × 60 × 40 mm大の腫瘤で,割面ではスポンジ様の球状病変であった(a).組織学的には,前縦隔腫瘍は広範囲に出血を認め,鬱血高度な大小不同種々の血管と脂肪組織より構成されていた(b).
術後経過:術後経過は良好で,術後11日目に退院し,外来フォロー中である.現在術後1年6か月経過するが,再発所見などは認めていない.
血管脂肪腫は脂肪組織と種々の量の血管腫瘍の毛細血管からなる良性腫瘍である.組織学的に成熟脂肪細胞とそれを分けるように入り組んでいる多数の血管を認める1).脂肪腫は軟部腫瘍の中で血管腫とともに最も多くみられ,四肢,体幹の皮下組織など脂肪組織の多い所に発生する.これまでに胸腺脂肪腫の報告は散見される2)が,その頻度は胸腺腫瘍の2–9%といわれている3).血管脂肪腫も脂肪腫と同部位に発生するが,前腕,胸壁,腹壁に多いとされる4).縦隔発生の血管脂肪腫の報告は,後縦隔発生のものが散見され5–7),脊髄硬膜外血管脂肪腫が全脊髄腫瘍のうち0.14~0.8%を占めるとの報告もある6).我々が検索する限り,胸腺原発の血管脂肪腫の報告例は2例である1,8).本症例を加えると,男性が1例,女性が2例,発見契機は胸部異常陰影が2例,胸部不快感が1例であった.手術時年齢は11歳から22歳であり,本症例が最も若年であった.すべての症例で胸腺合併腫瘍摘出術が施行されていた.
前縦隔はさまざまな腫瘍の発生しやすい部位である.前縦隔にみられる腫瘍の大部分は胸腺腫,胸腺嚢腫,奇形腫そして前上縦隔に多い甲状腺由来の腫瘍で占められる.頻度の少ないものとして未分化癌,扁平上皮癌,カルチノイド,悪性リンパ腫,異所性副甲状腺腫があり,さらに稀なものとして間葉系腫瘍が挙げられ,脂肪腫,線維腫,血管腫,リンパ管腫などがある1).縦隔腫瘍の鑑別には,CTやMRIの画像検査などが汎用されている9).血管脂肪腫のMRI所見としては,T1強調像で等信号~高信号,T2強調像で高信号,Gd造影T1強調像で造影効果を示すといった特徴がある10).さらに,T1強調像において腫瘍内に低信号の点状陰影を認めるものはHypointense fociと呼ばれ,腫瘍内部の血管組織を反映し,血管脂肪腫に特徴的な所見とされている11).その他の画像検査手段として,超音波検査が挙げられ,血管脂肪腫の超音波検査所見としては境界明瞭で内部エコーが周囲の脂肪層と比べ高あるいは等エコーで,不均一なものが多かったとの報告がある12).本症例では,T1WI,T2WI,STIRで高信号を呈する嚢胞構造が散見されたが,Hypointense fociを示唆する所見は認めなかった.3年前の画像検査と比較したときに内部構造の変化(石灰化の出現,嚢胞構造の出現など)をきたしており,我々は肺分画症に伴う感染による変化を第一に考えてしまった.血管造影検査では,肺分画症の場合,肺組織を濃染させるように造影されることが一般的であり13–15),本症例は合致していなかった.肺葉外肺分画症の流入動脈・還流静脈の特徴に関し,流入動脈は47%で胸部大動脈,還流静脈は21%で奇静脈であると報告されている16)が,本症例のように流入動脈が内胸動脈である症例が1%,還流静脈がSVCである症例も1%あるとされている16).
本症例はSVC圧排所見を認め,SVC症候群の危険性があると考え,手術適応とした.小児でSVC症候群をきたす原因として,縦隔腫瘍は大きな要因となっている17).悪性腫瘍としては非ホジキンリンパ腫が最も高頻度で,その他縦隔腫瘍を伴う急性リンパ性白血病,神経芽腫,卵黄嚢癌,甲状腺腫,Ewing肉腫などが挙げられる18).肺葉外肺分画症がSVC症候群を呈したとする報告は,検索する限り,認めなかった.
また手術方法の選択にあたり,前縦隔腫瘍が大血管に近接しそこに動静脈の分枝が入り込んでいる場合,腫瘍摘出は難しくなる.右開胸や胸腔鏡によるアプローチ方法が報告されている19,20).しかし本症例はSVCに直接連続する異常血管処理時の出血の危険性を考慮し,心臓外科とも協議の上,胸骨正中切開アプローチが最も安全であると判断した.また本症例は腫瘍と心膜の癒着が強固であり,心嚢内アプローチを併用した.心嚢内アプローチは心嚢液貯留や心膜炎などの合併症は起こりうるが,心臓外科領域では一般的な方法であり,安全に流入・流出血管を処理できる有用な方法と考えられた.SVCに直接連続する異常血管処理時の出血の危険性を軽減させる方法として,SVCの単純遮断が挙げられる.しかしSVCの単純遮断を行うと,静脈還流の遮断による脳鬱血などに起因する術後の脳障害も懸念される.補助手段を使わない単純遮断による血行再建の報告もある21)が,少なくとも片側腕頭静脈が開存している場合は腕頭静脈と右房間にあらかじめバイパスを作成することにより,上半身の鬱血に配慮することなく安全にSVCの遮断が行えるとされている22,23).
胸腺原発の血管脂肪腫の一例について,画像所見を中心に報告した.前縦隔腫瘍の解剖学的・質的診断にあたってはMRIが有用であるが,本症例は極めて稀な腫瘍であったこと,および特徴的な所見に乏しかったことから,術前鑑別診断に苦慮した.
なお,本論文の要旨は第54回日本小児放射線学会学術集会(2018年6月,東京)にて発表した.
日本小児放射線学会の定める利益相反に関する開示事項はありません.