Journal of Japan Society of Pain Clinicians
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2024 Volume 31 Issue 6 Pages 132-140

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会 期:2024年2月3日(土)

会 場:高知商工会館

会 長:河野 崇(高知大学医学部附属病院麻酔科)

■特別講演

1. 痛みの客観的評価の試みとその応用

中江 文*1,2 ブオマルハニ・マハムード・ムハンマド*1 アリザデカシュティバン・エへサン*3 岸本千恵*1 住岡英信*2 中井國博*4

*1大阪国際医工情報センター,*2株式会社国際電気通信基礎技術研究所,*3PaMeLa株式会社,*4福井大学医学部附属病院

痛みは2022年の国際疼痛学会の定義の改訂で,“An unpleasant sensory and emotional experience associated with, or resembling that associated with, actual or potential tissue damage”と表現されている.組織損傷の有無は問わず,不快な体験ということから,その程度を他者が正確に知ることは実際には困難である.さらにその定義のnoteの中で,“Verbal description is only one of several behaviors to express pain inability to communicate does not negate the possibility that a human or a nonhuman animal experiences pain.”というように,本人が言葉に出さなくても,痛みの存在を否定してはいけないとしている.

実際には医療現場は忙しさを極めており,さらに資質の差もあることから,声を上げない患者の痛みが十分にケアされているとは言えないのが現状ではないかと考える.

私は自身の手術体験から,痛みを伝えることの難しさを痛感した.寝返りも困難な痛みを訴えても,鎮痛薬の追加投与をしてもらうことに失敗した.その体験から,どのくらいの程度の痛みを感じているのか,誰でも分かる共通の指標で見えるようになっていればいいのに……と感じた.

痛みを見えるようにしたい,つまり見える化に着手したときに,まずどうやってやるかについて検討した.

その当時,痛みを客観的に評価する方法の候補はいくつか存在した.中枢を見るか末梢を見るか?がまず大きな違いであり,情動を含めた不快な体験を見るためには脳を見ることが必須と考えた.脳を見るため何を使うか,それは患者に負担のない完成形を目指せる機器にできる可能性は何かと考えて,脳波を使うことにした.

脳波はノイズの多い検査機器であるが,麻酔震度モニターとして頻用されているBISの開発のステップをヒントに現在の人工知能の技術を使えば可能ではないかと考えた.

今回は,どのように開発をしてきたか,その技術を使って,どのようなことができたか,アルゴリズムの治験の内容についても紹介する.

2. 漢方薬による痛みの治療―実臨床での経験を踏まえて―

濱口眞輔

獨協医科大学医学部麻酔科学講座

漢方薬による痛みの治療は西洋医学による治療が明らかに有効な場合を除き,西洋医学で病態機序が特定できない場合,循環障害や心理的要因など全身的な整体観が有用な場合,西洋医薬の副作用で治療が奏効しない場合に有用となる.特に,経験的に東洋医学の有用性が知られている場合には積極的に用いるべきである.

ペインクリニックで診る痛みに対しては,以下の治療法の原則に従って漢方薬を選択する.

1.熱感を伴う痛み……清熱,瀉火の作用を持つ方剤

2.寒冷による痛み……散寒,祛湿,温補腎陽の作用を持つ方剤

3.血流異常,打撲……活血化瘀の作用を持つ駆瘀血剤

4.水分異常,痺れ……利水,祛湿の作用を持つ利水剤

5.ストレス+痛み……疏肝解鬱,理気の作用を持つ柴胡剤

6.慢性疼痛による消耗……補気,健脾の作用を持つ方剤

この治療方針に従って行った演者の経験から,腰下肢痛,下肢の痺れや頚肩腕痛に対する治療例を報告したい.

さらに,痛みの治療に伴う副作用の緩和やペインクリニックで遭遇する非疼痛性疾患の治療にも,漢方薬が有用なことがある.演者の経験では,オピオイド鎮痛薬による副作用の軽減に漢方薬の処方が有用であった症例を経験している.また,慢性疼痛の治療経過中に患者はさまざまな症状を訴えることがあるが,そのような愁訴に対して漢方薬が有効なことがある.

本講演では,漢方薬による痛みの治療について,実臨床での演者の経験を踏まえて解説させていただきたい.

3. オピオイド鎮痛薬使用患者の周術期疼痛管理

北村園恵

高知大学医学部麻酔科学・集中治療医学講座

以前,がん治療における緩和ケアは,抗がん治療が終了してから提供されるものという概念で用いられていた.しかし,近年では,緩和ケアは,治療と平行して,早期から提供されるケア・治療とされるようになった.がん対策基本法でも早期からの緩和ケアがうたわれており,がん早期からの緩和ケア導入が普及し,がん性疼痛に対してオピオイドを長期に使用している患者が増えている.一方,慢性痛患者に対しても一定の基準に基づき,オピオイドの適応が拡大している.術前からオピオイド鎮痛薬を使用しながら,原疾患のがんや痛みの原因の根治手術を受けることはもちろん,痛みの原因の疾患とは関連なく骨折や腸穿孔などを発症するなどして外科的手術を受ける機会は少なくない.オピオイド鎮痛薬使用中の患者における周術期疼痛管理の難しさは,術前後に痛みの原因が変化する可能性があること,そこに手術による創部痛が加わること,術前オピオイドの中断や減量による退薬症状のリスク,オピオイドの感受性の変化などに特徴づけられる.さらに,がん性疼痛におけるオピオイド鎮痛薬は,オピオイドの種類,投与経路,投与量に細かい配慮を持って投与設計がされており,非常に個別性が高く,周術期疼痛管理にも柔軟な対応が求められている.今回は,術前からオピオイド鎮痛薬を使用する患者が手術を受ける際の,周術期の疼痛管理において,配慮すべき点について解説する.

4. Quo vadis,本邦の術後疼痛管理?

ハシチウォヴィッチ・トマシュ

東京慈恵会医科大学附属第三病院麻酔科

術後疼痛において,2022年から始まった術後疼痛管理チーム(APSチーム)加算は大きな出来事であった.術後疼痛に興味がなかった施設からも注目されるきっかけとなり,麻酔学会・ペイン学会・区域麻酔学会・その他多くの学術集会で術後疼痛管理についての講演が開催され,疼痛管理はもちろん,チーム編成,運営,メンバーの役割まで多くの議論がなされている.日本全体の術後疼痛管理体制の幕開けと言っても過言ではない.

しかし,加算を取りたいがための術後疼痛管理チームとなり,その疼痛管理の質が二の次になってしまうと本末転倒である.

現状,日本の医療施設では,術後疼痛管理をチームで管理しているのは約30%であるが,この全てでAPSチーム加算が算定されているわけではない.それ以外の施設では術後痛がどう管理されているか,何が問題でチーム管理が実践不可能なのか,その課題はどう乗り越えられるのかなど,さまざまな疑問が湧いてくる.APSチーム加算が算定されるようになったというのに,このままでは加算を有効利用できない.

麻酔科医の人員不足が原因の一つとして挙げられているが,他職種チームを作ることによるタスクシフトは答えになるだろうか.また国内において,トップレベルのAPS運営をしている施設と,APS導入は不可能だと諦めている施設との術後疼痛管理内容の乖離が大きくならないように医療従事者は努力すべきである.日本の術後疼痛管理を先導している施設の取り組みを参考にし,海外における周術期管理(ERAS,transitional pain service,peri-surgical home)や,術後疼痛管理の概念の基盤であるvalue-based peri-operative careを参考しながら,本邦の術後疼痛管理の可能性について考える.

5. エコーガイド下ファシアハイドロリリース(US-guided fascia hydrorelease,US-FHR)の基礎,臨床応用

木村裕明

一般社団法人日本整形内科学研究会,医療法人Fascia研究会,木村ペインクリニック

近年,痛み,痺れ,可動域制限などの原因としてfasciaが注目されている.Fasciaとは,ネットワーク機能を有する「目視可能な線維構成体」であり,筋膜だけでなく,腱,靱帯,脂肪体,関節包複合体,黄色靱帯等が含まれる.これらのfasciaは,発痛源となり,治療対象となる.このfasciaに対する治療法が,エコーガイド下ファシアハイドロリリース(US-guided fascia hydrorelease,US-FHR)である.今回,US-FHRについて基礎,臨床応用,最近のトピックとして,特に神経根症状などに対する黄色靱帯リリース,凍結肩に対するFHRとマニピュレーションを同時に施行する手技であるパッシブリリース®等について解説する.また,あわせてわれわれの提唱しているMPSに代わるfascial pain syndrome(FPS)という新しい概念についても紹介する.Fasciaの治療法であるUS-FHRの発祥は本邦であり,その可能性は計り知れない,多職種,多科で連携してこの技術を発展させることを希望している.

■ランチョンセミナー

1. 慢性痛患者のアセスメント&マネジメント―社会科学的アプローチの重要性―

川井康嗣

仙台ペインクリニック石巻分院

慢性痛患者の適切な評価と治療選択には,患者の解釈モデル,すなわち疾患や治療に関する患者の考えや想いについて把握することが重要である.患者と医療者の解釈モデルとが調和すれば,有効で満足度の高い治療が計画できる.慢性痛患者の解釈モデルは心理・社会的要素が複雑に絡んでおり独特であるが,それを把握するためには医学的および自然科学的な評価のみでは不十分で,患者−医療者間の良好なコミュニケーションのもと,患者の社会科学的な側面からの評価が必要と考える.

社会科学とは,自然科学と異なり,社会における人間の営みを対象とした科学である.慢性痛との関連が深い心理学をはじめ,経済学や経営学,社会学,法学,哲学などが社会科学に含まれる.それらの中で慢性痛患者のアセスメントに深く関連している項目として,セルフマネジメント能力とそれを支える自己効力感や自己肯定感,考え方の偏りや癖である認知バイアスやヒューリスティック,困難や脅威からしなやかに回復するレジリエンスなどが挙げられる.また慢性痛患者のマネジメントに関連する項目として,患者−医療者間および治療者チーム間で共有すべきセンスメイキング,専門家ほど陥りやすいコンピテンシートラップ,患者を導く手段としてのナッジ理論やコーチングなどが挙げられ,これらの知見を日常の慢性痛診療に活かすことを提案するものである.

本講演では,患者の社会科学的なアセスメントやマネジメントに加えて,患者にとって満足度の高い診療を提供するためのチームアプローチやコミュニケーションのあり方について,演者の臨床経験やグローバル製薬企業における実務や研修などを通して得られた知見を紹介するとともに,痛み診療に具体的にどのように応用すべきかについて考察する.

■一般演題

1. 神経線維腫症術後に後皮神経絞扼症候群(POCNES)を発症した1症例

竹崎めぐみ*1 村上 翼*1 荒川真有子*1 重松ロカテッリ万里恵*1 北村園恵*1 北岡智子*2 河野 崇*1

*1高知大学医学部麻酔科学・集中治療医学講座,*2高知大学医学部附属病院緩和医療科

【はじめに】近年術後創部関連痛として,前皮神経絞扼症候群(anterior cutaneous nerve entrapment syndrome:ACNES)などの末梢神経障害が注目されている.今回,神経線維腫症に伴う背部腫瘍切除後に後皮神経絞扼症候群(posterior cutaneous nerve entrapment syndrome:POCNES)を発症したと思われる症例を経験したので報告する.

【症例】23歳女性.経過:幼少時から神経線維腫症I型で当院小児科のフォローを受けていた.高校生ごろから背部に有痛性の結節を自覚するようになり,徐々に疼痛が増強してきた.生活に支障をきたすようになり,某日皮膚科で摘出術が予定された.Th9~L4領域の皮膚切開をS字状に行い,腰部にある腫瘍を摘出し手術を終了した.しかし,術後も疼痛が軽減しなかった.退院後も生活に支障をきたしていたため,当科ペインクリニック外来に紹介になった.受診時現症:numerical rating scale(NRS)は8程度.右腰背部(L2~3)に特に強い疼痛あり.圧痛が顕著で仰臥位をとることが難しかった.知覚異常は認めなかった.受診時内服:トラマドール,アセトアミノフェン,抑肝散など.外来での経過:トラマドールを増量し,プレガバリンを追加した.リドカイン軟膏の塗布や漢方の調節なども行ったが,一切効果がなかった.脊髄神経後枝をブロックするために脊柱起立筋膜面ブロックを行ったところ,一時的にNRSが3程度にまで低下した.以後,外来で適宜ブロックを行っている.また,活動制限に伴う筋力の低下があり,リハビリテーション科に介入を依頼した.腫瘍の残存が否定できないため,さらなるインターベンション治療については現在外来で検討中である.

【考察】POCNESは2017年に初めて臨床報告された概念である.ACNESと同様に手術時の末梢神経の巻き込みなどが原因で発症することがある.腰背部手術の件数は増加しており,腰椎手術後疼痛症候群の患者にPOCNESを発症している患者は多いと思われ,注意が必要である.

2. 上顎歯肉がんに対するがん性疼痛にヒドロモルフォンが有効であった症例

山本佳子

前田病院

【緒言】がん治療後に,副作用の出現なく疼痛緩和を得られることは治療後のADL維持のために重要である.

【症例】85歳の女性で,上顎歯肉がんの放射線治療後に経管栄養を施行されていたが,緩和治療のために当院に転院後,ヒドロモルフォンを使用することにより副作用の出現なく疼痛緩和が得られ,自宅退院できた症例があったので報告する.

【経過】令和4年9月に,他院にて心不全治療後のリハビリ目的で当院初診,入院となっていた方であった.退院後,歯肉痛を主訴に歯科医院受診後,上顎歯肉がんを疑われ令和5年4月,前医に入院,放射線治療の後,令和5年6月に当院に転院となった.前医で経鼻胃管が挿入されており,経管栄養が主体となっていたようだったが,当院入院後,胃管は抜去し,食事形態を見直すことと,オピオイドを開始することで経口摂取増量を目指した.まず,フェンタニルクエン酸塩貼付剤0.5 mgとヒドロモルフォン塩酸塩錠1 mg 3錠分3で疼痛緩和をはかった.便秘出現の予防のため,ナルデメシントシル塩酸錠も併用とし,食事摂取量が少ないときは点滴を施行していたが,数日で点滴は不要となった.数週間したら,血中濃度の上昇と治療後急性痛の軽快が原因と考えられる食思低下があったため,ヒドロモルフォン塩酸塩錠の頓用への変更と,今後,同様のことがあった場合,貼付剤よりも量の調整がしやすいとの判断もあり,フェンタニルクエン酸塩貼付剤をヒドロモルフォン塩酸塩徐放剤6 mg/日に変更した.その後は,副作用の出現なく食事摂取良好となり,自宅退院となった.現在も,自宅生活できており,頓用のヒドロモルフォン塩酸錠の使用はほとんどなく,ヒドロモルフォン塩酸塩徐放剤も4 mg/日まで減量できている.

【結語】当院で,上顎歯肉がん治療後の疼痛緩和にヒドロモルフォンが有効で,自宅退院できた症例があった.ヒドロモルフォンは,がん性疼痛患者のQOLを損なうことなく疼痛緩和が得られる可能性がある.

3. MICS-MVR術後創部痛に対して単回の体幹部末梢神経ブロックが著効した1症例

荒川真有子*1 村上 翼*1 竹崎めぐみ*1 重松ロカテッリ万里恵*1 北村園恵*1 北岡智子*2 河野 崇*1

*1高知大学医学部麻酔科学・集中治療医学講座,*2高知大学医学部附属病院緩和医療科

【はじめに】開胸術後疼痛症候群は開胸手術の約50%に発症するといわれている.今回,低侵襲心臓手術(minimally invasive cardiac surgery:MICS)術後の創部痛に対して外来で実施した単回の体幹部末梢神経ブロックが著効し,遷延化が予防できた症例を経験したので報告する.

【症例】53歳男性.現病歴:重症僧帽弁閉鎖不全症に対して僧帽弁置換術がMICSで予定された.右側胸部第4肋間を7 cm程度切開し,術野を展開した.経過は良好で,術後14日で自宅退院となった.しかし,退院前から創部痛があり内服でもコントロールが不良であった.外科外来フォロー時も疼痛の訴えが強かったため,退院後1カ月で当科ペインクリニック外来に紹介となった.外来受診時現症と経過:numerical rating scale(NRS)は8程度であった.第4肋間傍胸骨領域を中心にアロディニアを伴う疼痛を認めた.肋間神経前皮枝領域の疼痛と判断し0.375%ロピバカインで胸横筋膜面ブロックを第4,5肋間で実施した.ブロック直後からNRSは0になり,1週間後に外来フォローとした.再来時のNRSは2程度であった.再診時再度体幹部のブロックを実施した.フォローは1カ月後としたが,その後疼痛はほとんどなくなったため,当科でのフォローは終診となった.

【考察】開胸後疼痛症候群は,術後2カ月以上創部痛が遷延する状態と定義されている.大開胸手術の件数が減少し,胸腔鏡やロボット支援下手術などが増えているため,発症頻度は低下していると思われる.しかし,一旦慢性化すると治療に難渋する.MICSは胸骨正中切開を行わないため,創部感染や術後回復が早いことが知られているが,創部痛がしばしば問題になる.創部痛の治療として,内服や神経ブロック,パルス高周波や熱凝固療法などが行われる.局所麻酔薬を用いた末梢神経ブロックは一般的に効果の持続が乏しいが,創部と疼痛部位に合わせてブロックを行ったことが疼痛のリセットにつながったのではないかと考えられた.

4. 敗血症性ショック離脱直後の幻肢痛に対し,パルス高周波療法が有効であった1症例

山本賢太郎 穴山玲子

高知医療センターペインクリニック科

今回われわれは,長期維持透析患者のシャント感染による上肢切断術後の幻肢痛に対してパルス高周波療法が奏功した症例を経験したので報告する.

症例は71歳女性.背景に慢性心不全(虚血性心疾患,大動脈弁狭窄症,発作性心房細動),末梢動脈閉塞症があり,また慢性腎不全で20余年来,血液透析にて加療されている.左上肢のシャント感染から敗血症性ショック,播種性血管内凝固症候群となり,救命目的に上腕切断術を施行された.

術後は集中治療室にて全身管理を行われており,人工呼吸管理下に,持続的腎代替療法にて呼吸,循環動態は安定化傾向となっていた.術翌日から幻肢痛予防の目的で当科の介入を開始した.フェンタニル持続注入(20 µg/hr)と少量のミロガバリン経管投与(5 mg/day)から開始.術後4日目で人工呼吸器を離脱し,術後1週前後で全覚醒が得られ,同時に幻技痛の存在を認識した.その後は徐々に傾眠傾向となり,被疑薬のミロガバリンを中止したところ再度覚醒が得られた.全身状態は安定化してきているものの,内服薬による疼痛管理は認容性の問題で困難であると判断した.

術後20日目に,左腕神経叢に対し,斜角筋間アプローチにてパルス高周波療法を施行.以降は幻肢痛が消失し,術後24日目に転院となった.転院先でも幻肢痛の訴えはなく,術後3カ月後の当院整形外科外来受診時でも同様であった.

四肢切断に至る症例の多くは急性期疾患で合併症も多く,全身状態も不良である.このような症例では薬物療法に対する認容性が低下し,時に治療に難渋する.また創痛や幻肢痛にて離床やリハビリ困難となると,全身状態の改善が遅れ,集中治療期間や入院期間の延長,機能的自立度の低下が懸念される.

パルス高周波療法はそのような症例に対しても比較的安全で,簡便に施行することができる.重症症例における急性期幻肢痛に対して早期のパルス高周波療法は有用であると考えられた.

5. 行動経済学的なアプローチにより運動療法をすすめた慢性腰下肢痛患者の1症例

原田英宜 松尾綾芳 森 亜希 棟久槙凛子 山縣裕史 松本美志也

山口大学医学部附属病院麻酔科蘇生科

慢性腰下肢痛患者に対する運動療法は高い有効性があり,広く一般市民にも周知されている.しかし,有効性は理解できているが,運動の開始・継続に難渋する患者も多い.行動経済学では,人間は直感や感情によって不合理な判断をするとされ,行動はさまざまなバイアスによって左右されるといわれている.今回,慢性痛患者の運動療法を,患者の持つバイアスに沿って改良し運動習慣の改善に至った症例を経験した.

【症例】76歳女性.以前より片頭痛のため当科受診していたが,X−7年腰下肢痛が出現し近医にて治療されたが改善せずX−4年相談された.腰椎変性すべり症と診断し神経根ブロックを施行したがADLの改善がみられなかったため,入院下に集学的治療を行った.問診で心理的因子の問題点はなかったが,体幹筋の筋力低下からADLが低下していると診断し筋力増強と下肢ストレッチを中心に運動療法を行った.退院前に自宅で行う運動メニューと継続できているかのチェックリストを作成した.退院後運動は定期的にできていたが,「運動してもだんだん歩けなくなりそう」「痛くても必死でがんばっている」との発言があり満足感が得られなかった.メニューに歩数を測定する散歩を追加し,これまでの努力をねぎらい現状の運動を継続すること(現状維持バイアス),いつ・どのような運動するか具体的にすること(デフォルト化),今ある運動能力を失わないこと(損失回避性)を強調し指導した.痛みの強さは変化ないものの,「痛くても運動する気になりました」という前向きな発言も増加し目標歩数を達成できる日数は増加した.

【考察】本症例では行動経済学に基づき,現在行っている運動を継続することを促し,指導内容を可能な限り具体的にし,運動能力が低下するという損失に注目させることで運動習慣を改善することができた.しかし,行動経済学的なアプローチには継続性や倫理面の問題点も挙げられており,有効性は今後検討する必要がある.

6. 臀部痛の原因として上臀皮神経障害がブロックにより診断され外科的治療で症状改善した1症例

松尾綾芳 原田英宜 松本美志也

山口大学医学部附属病院麻酔科蘇生科

上臀皮神経障害は,腸骨稜近傍で胸腰筋膜部において上臀皮神経が絞扼・牽引されることが原因で生じる腰臀部痛や大腿部痛である.しばしば非特異性腰痛として扱われてしまうことがある.他に臀部痛の原因となる神経所見,画像所見がない場合,上臀皮神経障害を疑ってみることが重要で,圧痛部位が腸骨稜近傍にあること,上臀皮神経ブロックで疼痛が消失することで診断につながる.

本症例は,16歳女性.X−1年前のバレーボールの合宿中に,右の下肢の肉離れを契機に足をかばって歩行していた頃より右臀部痛が出現した.右腸骨陵近傍に圧痛があり,性状はビリビリする疼痛であった.下肢MMTの低下はなく,右Kempテスト陽性以外疼痛誘発試験で異常所見は認めなかった.NSAIDsの内服では症状の緩和が得られなかった.MRI検査を施行したが,L4/5椎間板変性はあるものの疼痛の原因は不明であった.椎間関節ブロックや,仙腸関節障害を疑いAKA療法をされたが効果は得られず,上臀皮神経ブロックで,数日鎮痛効果が得られ上臀皮神経障害の診断に至った.本症例では,複数回上臀皮神経ブロックを繰り返し施行し,1週間程度鎮痛効果はあるものの,長期効果が得られなかったため,上臀皮神経剥離術を施行した.術後は疼痛軽減して経過している.

腰部,臀部,下肢に至る疼痛を呈する疾患は多いが,他に説明がつく疾患がない場合,圧痛が腸骨稜近傍にある場合,上臀皮神経障害を疑い,上臀皮神経ブロックで診断的治療が可能である.本症例のように上臀皮神経ブロックの長期効果が得られない場合,上臀皮神経剥離術も治療の選択肢の一つと思われる.

7. 遷延性術後痛に対し胸部神経根パルス高周波療法が有効であった1例

湊 弘之*1 大槻明広*1,2 遠藤 涼*2 青木亜紀*3 矢部成基*3

*1鳥取大学医学部器官制御外科学講座麻酔・集中治療医学分野,*2鳥取大学医学部附属病院麻酔診療科群,*3鳥取大学医学部附属病院手術部

遷延性術後痛は,手術後新たに出現し,少なくとも2カ月以上続き,他の原因が除外される痛みと定義される慢性痛である.一度遷延性術後痛を発症すると薬物治療や神経ブロック治療にも抵抗性であることが多い.特に乳腺手術の遷延性術後痛発生頻度は,20~30%と高いとされる.今回,乳腺手術の遷延性術後痛に対して胸部神経根パルス高周波治療が有効であった症例を経験したので報告する.

症例は58歳女性.半年前に左乳がんの診断で左乳房切除およびセンチネルリンパ節切除を受けた後より,左胸部から腋窩,左側胸部にかけて強い痛みが続いた.ロキソプロフェン180 mg/day,プレガバリン150 mg/day,トラマドール・アセトアミノフェン合剤4錠/dayで治療されたが強い痛みが続くため当科受診された.受診時,腋窩部の痛み閾値の著明な低下と左上腕内側のアロディニアを示したことから,神経障害性疼痛が主体となる遷延性術後痛と診断した.一時的に仕事を休職されていたが,ミロガバリン30 mg/day,トラマドール200 mg/dayの内服と週1回のキシロカイン静注で仕事を再開することができるようになった.しかし,キシロカイン静注は数日しか鎮痛効果が継続しなかった.そこで胸部Th1およびTh2神経根のパルス高周波治療を2回行ったところ,痛みの程度はnumerical rating scale(NRS)9/10から,ブロック直後にはNRS 3/10まで軽減しただけでなく,鎮痛効果は2カ月以上続き,1カ月以上キシロカイン静注をしなくても仕事を続けることが可能となった.このことから乳がん術後の遷延性術後に神経根パルス高周波法が疼痛軽減とADLの改善に有効であることが示唆された.

8. 下顎神経ブロック施行困難が頭部3D-CTで卵円孔周縁の骨性隆起物であると判明した1例

西川裕喜*1 堀田三希子*1 渡邊愛沙*1 萬家俊博*1 長櫓 巧*2

*1愛媛大学医学部麻酔周術期学,*2済生会西条病院ペインクリニック外科

【諸言】下顎神経ブロックでは,通常レントゲン透視下に卵円孔内に針先を位置させることが必要である.今回,通常のアプローチ法では骨性の抵抗があり卵円孔に到達が困難であった例に,術前CTで卵円孔外側部に骨性隆起を認め,これを避けるように穿刺し,ブロックを施行できた1例を報告する.

【症例】70歳の男性.X−3年に右下顎神経領域にトリガーポイントを有する三叉神経痛を発症し,カルバマゼピン(600 mg/日)で十分な鎮痛が得られず,X−3年に血管減荷術,X−2年にガンマナイフ治療を受けたが,痛みは軽減しなかった.X−2年1月の初回ブロックは,軸位レントゲン透視下で頬骨弓下よりのアプローチで行ったが,卵円孔への穿刺が骨性抵抗のため困難であった.その後,カルバマゼピン(600 mg/日),プレガバリン(150 mg/日)の併用で痛みは自制内であったが,X年8月に,痛みが増強し食事摂取が困難になったため,当科を紹介され,下顎神経ブロックが予定された.前回穿刺が困難であったため,術前にCT撮影を行い3D構築したところ,右卵円孔の周縁外側に骨性隆起が認められた.通常のアプローチでは骨性隆起が針の刺入を妨害するため,通常より穿刺部位を鼻側(腹側)に取り,骨性隆起の腹側から卵円孔に到達するルートで,下顎神経ブロックを安全に施行できた.

【考察】透視下での下顎神経ブロッックで卵円孔に到達困難な場合には,3D-CTで卵円孔周辺の解剖を検討し,骨性隆起が障害になっている場合は,隆起を避けて卵円孔に到達するルートで施行する必要がある.神経ブロック施行困難な症例は,術前に画像検査を詳細に行い,穿刺部周囲の解剖学的な構造を把握しておくことが重要である.

9. 腰部脊柱管狭窄症治療中に肺血栓塞栓症が判明した症例

小山茂美

津山第一病院

【はじめに】肺血栓塞栓症は深部静脈血栓が遊離して肺動脈を閉塞し呼吸循環障害を生じる病態である.このたび腰部脊柱管狭窄症治療中に肺血栓塞栓症の診断治療を経験したので報告する.

【症例】76歳女性,身長155 cm,体重58 kg.1カ月前より腰痛を訴え整骨院に通院していたが,突然の腰部から右下肢にかけての顕著な痛みが出現し,鎮痛薬服用後も症状の有意な改善を認めないため,当院へ救急搬送された.来院後もnumerical rating scale(NRS)が9から10と著明な痛みを訴えていたため,入院加療となった.翌日準緊急的に腰部硬膜外ブロック注射を施行し,一旦はNRSは5前後まで改善していたが,その後再びNRSが8程度まで上昇したため,オピオイド鎮痛薬を開始した.一方入院当初から頻呼吸と呼気性喘鳴を認めており,1カ月ほど寝たきり状態であったという経緯も考慮して,肺血栓塞栓症を疑い血液検査を施行した.結果D-dimerが18.80 µg/mlと有意に上昇していたことから,胸部造影CT撮影を施行し,右上肺動脈内に血栓が確認されたため,循環器内科に紹介を行った.心電図検査にて右心負荷所見や血圧低下は確認されなかったため,内服治療を行うこととなった.アビキサバン錠内服が開始され,以後継続内服となった.その後神経障害性疼痛薬の内服や経皮吸収型疼痛治療剤貼付によって,右腰下肢痛の症状は次第に改善を示した.またリハビリ療法にも取り組めるようになり,下肢静脈血栓予防にも努めた.3カ月ほどのアビキサバン錠の内服により,D-dimerも正常域に回復し,腰下肢痛の症状もNRS 1~2程度と有意に改善を示したため退院となった.

【結語】慢性腰痛患者においては,時に活動性が低下し,寝たきりのような状態に陥ることがあるため,頻呼吸や呼吸苦などの症状を認める場合は,肺血栓塞栓症を疑い,可及的に必要な検査を行うことが肝要であると考える.

10. 帯状疱疹後神経痛に対し漢方薬が有効であった1症例

蓼沼佐岐 田村花子 橋本龍也 二階哲朗

島根大学医学部附属病院麻酔科

【はじめに】帯状疱疹は細胞性免疫が低下する高齢者に多く発症し,帯状疱疹後神経痛は難治性疼痛をきたし生活の質の低下や全身状態の悪化を招くことがある.今回は帯状疱疹後神経痛の高齢者に対し漢方薬が有効であった1症例を経験したので報告する.

【症例】80歳代男性.左三叉神経第1枝領域帯状疱疹の痛みで,ミロガバリン10 mg/日,トラマドール75 mg/日,アセトアミノフェン1,200 mg/日による薬物治療後3週間経過も痛みの改善に乏しく,当院皮膚科より当科紹介受診した.初診時の痛みはnumerical rating scale(NRS):7~10(楽な時−辛い時)でありアロディニアと発作痛を伴っており,活動意欲の低下がみられ,日中臥床がちであった.陳旧性脳梗塞に対しエドキサバン内服中のため神経ブロックは行わず,ミロガバリン・トラマドール・アセトアミノフェンの増量,デュロキセチン・ノイロトロピン®追加による内服加療を行ったが,痛みの改善に乏しく転倒・ふらつきもみられた.発症3カ月後に八味地黄丸5.0 g/日内服を開始するも痛みの改善に乏しく,桂枝加苓朮附湯5.0 g/日と加工附子末0.5 g/日に変更したところ,痛みはNRS:2~3(楽な時−辛い時)に軽快した.西洋薬を減量したところ,転倒・ふらつきは生じなくなり,日中の活動量が増加した.

【考察】本症例では西洋薬による加療が行われていたが,西洋薬による日中の眠気があった.腰痛症や下肢倦怠感もあり,温めると改善する痛みであったことから,散寒止痛効果のある附子を含有する八味地黄丸を使用したが痛みの改善に乏しかった.体表の血行改善作用のある桂皮を多く含有する桂枝加苓朮附湯への変更と附子の増量により痛みの改善が得られた.帯状疱疹後神経痛の治療において,副作用が懸念される西洋薬よりも,漢方薬が有効な場合もあると考えられた.

11. 抗がん剤の血管外漏出後に残存した神経障害痛に静脈内局所ブロックが有効であった1例

河田竜一

山口県済生会下関総合病院麻酔科緩和ケア内科

【症例】66歳,男性.前立腺がんの多発骨転移による腰下肢痛の治療で当科紹介され,フェンタニル貼付剤1日型の投与と放射線治療を開始した.患者は約6カ月前に抗がん剤(ドセタキセル)が右前腕の橈側皮静脈から血管外漏出(以下EV)して以来,右前腕橈側に広範なアロディニアを伴う疼痛が続いており,前腕痛の治療も希望した.EV急性期には形成外科からステロイド外用薬が処方された.頭部外傷の既往で受診中の脳神経外科からはプレガバリンが処方されていたが,効果は十分でなく,複合性局所疼痛症候群の疑いで脊髄刺激療法も検討されていた.EV部の皮膚は褐色に変性しており(11×6 cm大),右母指・示指背側から前腕橈側に運動時痛・しびれ感とアロディニア(NRS=10),感覚障害を認め,日常生活に支障をきたしていた.右手指の明らかな浮腫や運動障害はなかった.ステロイドを使用した静脈内局所ブロック(以下IVRB-S)を施行した.右手背静脈に留置針を確保し,上腕を230 mmHgで駆血,1%リドカイン10 mlとベタメタゾン2 mgを注射用水で計20 mlに希釈して注入,10分間維持した後に解除した.ブロック直後から自発痛は消失,アロディニアの範囲も著明に縮小した.3日目に再燃の兆候があり,7日目に同じ方法で再度施行した.以後,点滴刺入部遠位に小範囲の感覚障害・アロディニア(NRS=1~2)が残存するが,ブロック施行後約3カ月経過した時点でも再燃は見られていない.

【考察・まとめ】橈側皮静脈近傍には皮神経が並走しており,壊死起因性薬剤のEVで傷害される.本例は橈骨神経浅枝と外側・後前腕皮神経の神経障害痛と考える.EVの急性期には組織傷害の拡大を防ぐため,冷罨法やステロイドの外用・皮下注射が施行されることもある.本例はEVから約6カ月後に残存する神経障害痛に,ステロイドを直接的に神経線維に投与できるIVRB-Sが鎮痛効果を認めた.

12. 短腸症候群患者の腹壁痛に芍薬甘草湯が著効した1例

戸田恵梨*1 中條浩介*1 佐野 愛*1 簗瀬 賢*2 伊東祥子*1 山田圭祐*1 荻野祐一*1

*1香川大学医学部附属病院麻酔・ペインクリニック科,*2高松赤十字病院第一麻酔科

【はじめに】経口投与された漢方薬の多くは,小腸から吸収される.今回,小腸の大部分を失った短腸症候群の腹壁痛に対して芍薬甘草湯が著効した症例を経験した.

【症例】75歳男性,161 cm,58 kg.60歳時,直腸がんのため低位前方切除術が施行された.その後イレウスや吻合部の縫合不全等で手術を複数回行い,上部空腸が1 mしか残っておらず,消化吸収面積が減少しているため,CVポートから中心静脈栄養を行っていた.202X年4月末に臍左下の腹直筋に筋肉痛のような疼痛が出現し,5月11日消化器外科からペインクリニック科に紹介となった.疼痛部位をエコーで観察すると腹直筋自体は菲薄化していたが,明らかな病変はなかった.初診時の安静時pain-VASは0/100 mm,体動時pain-VASは85/100 mm.触診で両側の腹直筋に著明な筋緊張あり.起き上がり動作など腹圧がかかる時のみ疼痛が出現することから,腹直筋由来の痛みと考えた.短腸症候群による吸収不全で薬効が得られない可能性を考慮したが,芍薬甘草湯1日3包以内での頓用内服を開始した.内服2日目より効果発現あったため,7日目以降3包分3に変更した.その後体動時pain-VASは25/100 mmまで減少し,偽アルドステロン症の発症を回避するため2包分2に減量した.初診から4週間後の体動時pain-VASは0/100 mm.8週間後も症状悪化なく,内服中止して終診となった.終診時,腹直筋の緊張は消失していた.

【結語】芍薬甘草湯の構成生薬は芍薬と甘草である.芍薬に含まれるペオニフリンや甘草に含まれるグリチルリチンは配糖体を多く含んでおり,大腸の腸内細菌が有する酵素によって代謝・変換を受け薬効を発現すると考えられている.本症例において大腸は回盲部から下行結腸の半分まで残存していたため,小腸からではなく大腸からの代謝・吸収により薬効が発現したものと推察された.

13. 診断までに時間を要した成人発症腹部片頭痛の1症例

穴山玲子 野中裕子 山本賢太郎

高知医療センターペインクリニック科

【背景】腹部片頭痛は,国際頭痛分類第3版(ICHD-3)や機能性消化管障害診断基準(Rome IV)に記載されているものの,本邦での認知度は低く,特に成人の場合,診断が遅れたり見逃されたりすることがある.今回,まれな成人発症の腹部片頭痛の症例を経験したので報告する.

【症例】36歳の男性.7年前から右側腹部に不定期に痛みを自覚し始めた.他院で腹部CT,消化管内視鏡検査,血液検査を受けられるも原因は特定されなかった.2年前からは右側腹部から心窩部に広がる痛みを自覚.食事や体動により痛みは増悪し,嘔気と水溶性下痢を伴った.再び総合病院に紹介となり,再度,消化器系の精密検査を受けたが原因は不明で,消化管作用薬の内服も効果がなく,当院総合診療科に紹介されたのち,反復難治性腹痛として当科に紹介された.

【所見】腹部は平坦で軟らかく,疼痛部位には軽度の知覚低下(6/10)を認めた.Onsetは突然で,まず臍右側腹部に自発痛が生じ,腹部全体に痛みが広がると嘔気・嘔吐をきたした.

腹痛が強い時には疼痛部腹壁にアロディニア様の痛みも伴い,腹痛は3時間から数日間継続することもあり(平均3~4時間),疼痛時には体動困難で日常生活に支障をきたしていた.

【経過】ラモセトロン塩酸塩,トリメプチンマレイン酸塩,カルバマゼピン,アミトリプチリン,デュロキセチン,トラムセット®,ブプレノルフィン貼付薬,芍薬甘草湯,桂枝加芍薬湯,六君子湯,柴胡加竜骨牡蛎湯の処方はいずれも鎮痛に寄与しなかった.オランザピンによって嘔気は軽減した.腹部片頭痛を疑いリザトリプタンを投与し,鎮痛が得られた.予防薬として呉茱萸湯とロメリジン塩酸塩を併用し腹痛の頻度も減少した.

【結論】腹部片頭痛は認知度が低く,症状も非特異的であるため診断が困難である.器質的疾患を否定した上で,詳細な病歴聴取をもとに,本疾患を鑑別診断の一つに含めることが重要と考えられた.

14. 外傷性脊髄損傷に伴う上肢痛に対して星状神経節近傍レーザー照射が有効であった2例

筒井華子 中布龍一 瀬浪正樹

JA尾道総合病院

【症例】①40歳代男性,転落によるC4/5椎体レベルの外傷性頚髄不全損傷.MRIでC3/4,5/6,6/7椎間での椎間孔狭窄とC4~5の脊髄内の高信号変化を認めた.C6領域を中心とした両上肢の激痛,NRS 10/10の著明なアロディニア,不全麻痺を認め,鎮痛薬のみでは接触不能なほど疼痛が強かった.受傷当日,低出力レーザーを用いた両側星状神経節近傍レーザー照射(以下SG–レーザー照射)をしたところ,照射直後よりNRS 5/10まで疼痛・アロディニアともに軽減し,接触可能となった.その後計7日間の照射でいずれも再現性をもってアロディニア・疼痛は軽減し,最終NRSは2/10であった.②50歳代女性,C7/Th1椎体の脱臼骨折に伴う外傷性頚髄不全損傷.頚椎椎間孔狭窄は認めず,MRIでC7~8の脊髄内の高信号変化を認めた.C7領域を中心とした両上肢の強いアロディニアと不全麻痺を認め,脱臼骨折に対する後方固定術後もNRS 8/10のアロディニアが続いた.受傷4日目に両側SG–レーザー照射をしたところ,アロディニアは3割程度まで減弱した.計3日間の照射でいずれも再現性をもってアロディニアは軽減し,最終NRSは2/10であった.

【考察】脊髄損傷に伴う亜急性期の上肢痛にSG–レーザー照射が有効であった報告がある.SG–レーザー照射による鎮痛機序として交感神経の緊張状態の正常化や血流の改善などが考えられる.また,脊髄損傷モデルマウスの脊髄への低出力レーザー照射が有意に疼痛行動を減少させるとする報告があり,レーザーによる炎症性メディエーターの発現阻害や神経細胞の脱髄抑制が鎮痛に関与すると推察されている.本2症例では,星状神経節のみでなく近傍の神経・脊髄へのレーザー作用が疼痛緩和に寄与した可能性がある.

【結語】外傷性頚髄損傷に伴うコントロール不良な疼痛に対してSG–レーザー照射を一鎮痛法として検討すべきである.

15. 慢性疼痛患者に対する交番磁界治療器エイトの使用経験

笠井飛鳥*1 櫻井静佳*2 田中克哉*3

*1徳島大学病院手術部,*2徳島大学病院麻酔科,*3徳島大学大学院医歯薬学研究部麻酔疼痛治療医学分野

【はじめに】慢性疼痛の原疾患や要因は多岐にわたるため,薬物療法,インターベンショナル治療,理学療法,心理療法を組み合わせた集学的治療が必要とされる.しかし,さまざまな理由で全ての治療を十分に行うことは難しく,治療に難渋することが多いのが現状である.今回使用したエイトは,交番磁界を経皮的に照射することで,下行性疼痛抑制系を賦活化して鎮痛効果を示す.交番磁界を発するパッドを患部に装着するだけの簡易な治療器で,有害事象等も報告されていないため,慢性疼痛治療の新たな選択肢として期待される.今回3症例の慢性疼痛患者に対してエイトを使用した経験を報告する.

【症例】56歳,男性.左上肢のしびれに対し,頚椎椎間板ヘルニアの診断で頚椎椎弓形成術が行われた.術後より両側頚部,肩部,背部の痛みが出現し徐々に増悪した.薬物治療と神経ブロック治療を併用したが,NRS 6~9/10程度の痛みが残存していた.エイトを約1カ月間使用したが,痛みの程度に明らかな変化は認めなかった.

67歳,男性.腰下肢痛に対し,腰椎椎間板ヘルニアの診断で内視鏡下椎間板摘出術が行われた.術後数カ月で痛みが再燃し,薬物治療と神経ブロック治療を併用したが,NRS 7/10程度の痛みが残存していた.エイトを約1カ月間使用したが,痛みの程度に明らかな変化は認めなかった.

59歳,女性.強い腰下肢痛に対し,腰部脊柱管狭窄症の診断で腰椎除圧手術が行われた.術後も症状の改善は認めず,経過とともに背部,足底の痛みが加わった.薬物治療を行ったが,NRS 7~8/10程度の痛みが残存していた.エイトを約1カ月間使用後,NRSが最高で4/10まで低下した.

【考察】脊椎手術後の難治性慢性疼痛に対して,エイトが有効であった症例を経験した.今後は使用期間や使用頻度についての検討,また対象疾患を拡大して検討する必要があると考えられた.

16. 仙腸関節由来の慢性腰痛に対して,バイポーラ法による仙骨神経外側枝高周波熱凝固術を行い良好な除痛を得た1例

大本智子*1 川西 進*1 藤井洋泉*2

*1津山中央病院麻酔科,*2岡山市民病院麻酔科

【背景】仙腸関節に由来する慢性腰痛に対して仙骨神経外側枝高周波熱凝固術を行うことは,多くの文献で有効性が示されている.しかし,焼灼が必要な神経が複数に及ぶこと,また仙骨神経外側枝の走行には多様性があることから,手技は複雑なものとなる.バイポーラ法による高周波熱凝固術は,2本の電極針間を導電させることで広い焼灼巣を形成し,これらの問題点を克服すると考えられる.

【症例】75歳,男性.

【現病歴】X−1年,腰椎圧迫骨折後の慢性腰痛のため当科に紹介となった.右L4/5および左L3/4,L4/5の椎間関節痛を疑い,後枝内側枝ブロックを行ったところ,同部位の痛みはほぼ消失した.X年,慢性腰痛が残存しており,仙腸関節の圧痛やPatrick肢位での痛みの誘発を認めたことから,仙腸関節痛を疑い透視下にて仙腸関節ブロックを行った.仙腸関節ブロックにより痛みの改善を認めたものの,効果の持続に乏しかったため,仙骨神経外側枝高周波熱凝固の適応と判断した.

【治療経過】右S1・S2,左L5・S1・S2を目標とした.左S1外側枝は,従来の方法で電気刺激による痛みの誘発により神経を同定し,90度で180秒間熱凝固を行った.その他は神経の同定に難渋したため,弱いながらも痛みが誘発された部位の頭側および尾側にもう一方の電極針を刺入し,90度で180秒間バイポーラ法による熱凝固を行った.両電極針間の先端距離は5~7 mm程度とした.治療直後より仙腸関節痛の改善を認め,その後3カ月以上効果が継続した.

【結語】バイポーラ法による仙骨神経外側枝熱凝固術は,手技の時間を短縮するとともに,モノポーラ法よりも広い焼灼巣を形成し確実な熱凝固が施行できると考える.

 
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