Japanese Journal of Conservation Ecology
Online ISSN : 2424-1431
Print ISSN : 1342-4327

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Atushi Ushimaru
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Article ID: 2403

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2024年より、前任の小池文人氏から「保全生態学研究」の編集を引き継ぐことになった。本雑誌は、「保全誌」という愛称で呼ばれ、1996年に創刊され、数多くの国内の生物保全に関する研究論文・報告を和文誌として掲載してきた日本の保全生態学の道標となってきた雑誌である。保全誌の役割や編集方針は、創刊時のものを基本とし、時代に即した形でアップデートされてきた(長谷川2015; 小池2018)。私も歴代の代表や編集委員長と基本的な立場を同じくしつつも、少し違う立ち位置から保全誌の編集へ貢献していきたいと考えている。ここでは保全生態学に対する私見を述べつつ、保全誌の編集への抱負を述べる。

 日本の保全生態学のバイブルとも呼べる「保全生態学入門」の改訂版(矢原・鷲谷2023)では、保全生態学は、「生物多様性の保全」という明確な社会的目標実現のための指針と技術の確立を目指す科学的営為である保全生物学の生態学領域であり、生態系と人間社会からなる「社会・生態システム」において人間活動によって生じる環境危機を乗り越えるための科学としても期待される分野と紹介されている。この記述に沿うと、災害による被害を減らすため防災学や農作物の収量を増やすための農学と同様に、保全生態学は、人間社会のために生物多様性を守り、維持していくための応用科学とみることができる。

 保全誌の存在は、創刊当初の10数年の間、生態学会における「基礎科学vs応用科学」の構図の渦中にあり、一部の学会員から色眼鏡でみられることもあったかもしれない(松田2003; 湯本2006; 角野2009)。90年代当時、学生だった私も、同世代の多くの研究者同様に、生き物のことをもっと知りたい、色々な生き物をみてみたいとだけ考えていたし、その後もそのように研究してきた。しかし、研究したい生き物、調査できる場所がみるみる失われることを経験し、研究が制限されることに焦燥感・危機感をもつようになった。苦労してみつけた希少な花を観察しても、本来の送粉者の訪花がみられないのは、本当につまらない。私と同世代以上の研究者には、同じような思いから、やむなく保全という言葉を使うようになっていった人も多いと思う。

 一方、若い世代には、生態系や生物の保全・再生への興味から(保全)生態学を学び始め、優れた研究を保全誌や国際誌で発表する研究者が多いと感じている。その研究の多くは、生物の減少要因や生態系再生の手法を、実証的に研究しており、基礎科学としても非常に面白い視点を含んでいる。個人的な感想となり恐縮ではあるが、もはや彼・彼女らにとって保全生態学と基礎生態学の間に垣根など存在せず、保全や再生に貢献したいと考えているか否かくらいの違いなのではないだろうか。同じ研究内容であっても投稿先の雑誌のスコープに合わせて論調を変えることは当たり前に行われている。20世紀は人為介入の少ない生態系やその中で暮らす生物種が生態学の中心的な対象であったが、21世紀にはいり、農林業地など半自然生態系や都市生態系などヒトにより管理される生態系に関する研究が急増し、基礎生態学の専門誌でも多く論文が掲載されている。湯本(2006)にあるように、地球上でヒトの影響下にない生態系をみつけることは難しい。人新世において、人間活動により生態系や生物種が喪失する仕組みを解明し、生物多様性の保全・再生のため指針と技術の確立することは、生態系や種、個体群の維持機構を理解することそのものである。私は、この30年余りの間に、かつての論争は陳腐化し、保全と基礎の境界を主張することには何ら意味がなく、たんなる好みの問題になってきたようになったのではと思っている。

ネイチャーポジティブ(自然再興)が謳われ、自然の回復に向けて、世界的にも、日本国内でも、産官学民の多様なステークホルダー間で連携して、生態系や生物多様性の保全・再生に取り組むことが求められている(環境省2023)。より多く人々が生物や生態系の保全・再生に携わる時代を迎えるにあたって、保全生態学は、生態系や生物を理解するための膨大かつ詳細な知見を集積するという重要な役割を果たすとともに、社会科学や農学・工学等と連携しながら政策決定や保全・再生活動の指針や技術の確立という新しい課題に取り組むことが期待されている。この時、人間社会を正しく理解するための科学も必要となる。政策決定や指針・技術確立は、科学的な根拠に基づいて決定されることが望ましい。ただ、多様な生態系に多様な生物が暮らし、複雑な人間社会が構築されている日本において、生物多様性保全に必要な視点や科学的根拠を提供できている研究は、全くもって足りていないと言わざるを得ない。

この点において、保全誌で掲載する「原著論文」や「調査報告」は、投稿規定にある通り、独自の視点から得られた「新しい知見」を含んでいる必要がある。つまり、保全をより効率・効果的に行うために必要となる生物や社会・生態システムをみるための新しい視点を提供するものであって欲しい。新しい視点を含むことで、保全に興味のない研究者が読んでも、面白い、ためになる論文となるだろう。一方、「実践報告」は、既存の視点、もしくは独自の視点に基づく活動や政策などの成果を科学的に検証したもので、生物多様性保全におけるそれらの視点や具体的な活動・政策内容の必要性の判断根拠となるものを期待している。そのため、活動や政策が失敗したことを報告するものも歓迎している。この場合、なぜ失敗したのか、その考察も簡潔にまとめられていることが望ましい。「総説・解説」では、世界や国内の研究から浮かび上がった課題やまだ一般に広まっていない新しい手法・技術を紹介することで、読者の研究や実践を刺激するものであることを期待する。現在は、環境経済学や政策決定に明るい編集委員にメンバーに加わっていただいている。生態学にとどまらない保全科学に関わる広い分野からの投稿を期待したい。

不遜に思われるかもしれないが、私は保全に関わる研究も実践も、面白いから続けられると考えている。やらなければならない、大切だから、だけではいずれ息が詰まってしまうと危惧している。義務感だけでなく、楽しみながら生態系を、生物を豊かにしていく、このことが生物多様性の保全や回復を持続的なものにしてくれると信じている。個人的な経験だが、苦労・工夫して草刈りを続け、キキョウの花が咲いたとき、草刈りを楽しい、続けたいと思えた。保全誌は、楽しみながら生物多様性保全に挑戦しているフラグシップ研究を、一つでも多く掲載する雑誌となることを願っている。自然だけでなく我々もポジティブでありたい。

最後に、保全誌の編集は、過去および現在の編集委員会のメンバーだけでなく、多くの査読者の方々のボランティアワークによって成り立っている。また、J-stageにおける論文公開は、小池文人前委員長および編集事務の橋口陽子さんの多大なる尽力により実現している。保全誌で、論文掲載料が安く抑えられていることも、生態学会員に掲載料免除の特権があることも、学会運営および雑誌の編集に関わる人たちの協力があって実現していると申し添えたい。保全誌の編集については、論文受理後の早期公開システムの確立など、小池前委員会長からの宿題が残っているが、編集に携わるすべての人の力を借りつつ少しずつ改善できればと思っている。ここでは、投稿者や著者にも編集への協力を呼びかけたい。面白い論文をどんどん投稿していただきたいというお願いとともに、投稿規定を熟読してから投稿論文を丁寧にご用意いただくことで、編集委員や査読者、編集事務の方々の編集作業の負担を少しでも軽減することにご協力いただきたい。

謝 辞

東京都立大学の大澤 剛士氏と兵庫県立大学の中濵 直之氏には内容について御助言を頂いた。感謝したい。

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