2023 年 65 巻 1 号 p. 29-35
症例は85歳男性,脳出血発症翌日に吐血をきたしEGDで多発深掘れ食道潰瘍を確認した.EGD後の胸部CTで食道穿孔と診断し,食道抜去術を施行した.多発潰瘍の背景は広範なlong segment Barrettʼs esophagus(LSBE)であり,また全域で癌化していた.Barrett食道腺癌の深達度は粘膜下層浸潤にとどまり,いずれの潰瘍底にも癌細胞の筋層浸潤はなく,急性の非癌性潰瘍であった.LSBEを背景にした広範囲Barrett食道腺癌が認められ,脳出血後に多発性急性深掘れ潰瘍が穿孔した稀な病態が合併した症例を経験したので報告する.
An 85-year-old man was admitted due to cerebral hemorrhage. The next day, hematemesis developed with multiple deep-seated esophageal ulcers, confirmed by EGD. Suspecting esophageal perforation, we observed the patient till the upper thoracic esophagus. Chest computed tomography performed immediately after EGD revealed subcutaneous and mediastinal emphysemas. Thus, esophageal perforation was diagnosed. Emergency surgery involving esophagectomy, esophagostomy, and enterostomy was performed. The extracted specimens revealed extensive long-segment Barrettʼs esophagus (LSBE) as the underlying cause of the multiple esophageal ulcers. Moreover, the entire region was recognized to be malignant. However, the condition was classified as an acute, non-cancerous ulcer after determining that the cells had only invaded up to T1b-SM and muscle layer invasion of the cancer cells had not occurred in any ulcer base. On day 57 postoperatively, the esophagogastric junction (EGJ) was identified at 17 cm from the incisor, and the biopsy revealed remnants of Barrettʼs esophageal cancer. On day 77 postoperatively, gastrointestinal reconstruction (esophagogastrostomy) was performed for a thorough resection of remnant esophageal cancer. Considering the operations performed, Barrettʼs esophageal cancer was extremely extensive as it exceeded 18 cm. In this report, we have described an unusual case of pathological combination of extensive Barrettʼs esophageal cancer, with LSBE as the underlying etiology and multiple acute deep esophageal ulcers following a cerebral hemorrhage.
1950年,Barrett食道が報告されて以来 1),胃食道逆流症(Gastroesophageal Reflux Disease:GERD)患者の増加に伴いBarrett食道の有病率も上昇している 2).しかし,Barrett食道粘膜の広範に食道癌および多発潰瘍を合併することは極めて稀である.今回われわれは脳出血発症翌日に多発深掘れ潰瘍性変化を伴うBarrett食道腺癌による出血および穿孔に至った症例を報告する.
患者:85歳,男性.
主訴:吐血.
家族歴:特記事項なし.
生活歴:飲酒歴;日本酒2合/日(20歳~),喫煙歴;なし.
既往歴:高血圧(76歳),痛風(76歳),白内障(82歳),緑内障(82歳).
薬剤歴:ニルバジピン(76歳~84歳,血圧正常化により以後中止),アロプリノール(76歳~),テプレノン(76歳~).
現病歴:これまで日常の生活動作は良好で,胸焼けや呑酸の自覚症状もなかった.2020年12月,右半身脱力をきたし,頭部CTにて左視床出血が認められたため,当院脳神経外科入院となった.その後,降圧剤(ニカルジピン)および脳浮腫治療薬(濃グリセリン・果糖注射液)の点滴治療が開始となったが,胃管留置や制酸剤の投与は行われなかった.入院翌日深夜(入院10時間後)より黒色調の嘔吐物を少量認めたため,消化器内科に紹介となった.腎機能障害があり,胸腹部単純CT検査となったが,胸部下部食道には軽度の壁不整を疑う所見がみられた.なお,腫瘤や潰瘍は明らかではなかった.出血源の精査および止血目的で緊急上部消化管内視鏡(EGD)を施行した.
現症:身長152.0cm,体重53.2kg,体温36.7度,脈拍90/分,整,血圧116/68mmHg,呼吸音清,SpO2 91%(経鼻カニューレ3L/分酸素投与),呼吸回数20/分,心雑音なし,腹部平坦,軟,圧痛なし.
血液検査所見:WBC 9,160/μL(好中球87.9%,リンパ球6.5%,単球5.3%,好酸球0.1%,好塩基球0.2%),Hb 13.5g/dL,Plt 11.0×104/μL,BUN 40mg/dL,Cre 1.74mg/dL,CRP 0.22mg/dL.
胸部単純CT所見(EGD 3時間前):胸部下部食道壁は軽度の不整を呈していたが,明らかな腫瘤は認められなかった.また,縦隔気腫,皮下気腫も認められなかった.
緊急EGD所見(Figure 1):胸部上部食道より黒苔が付着した数mm~2cm前後の深掘れ潰瘍が多発していた.
EGD(入院21時間後).
胸部上部食道より肛門側にかけて黒苔が付着した深掘れ潰瘍が多発していた.
胸部単純CT所見(EGD直後)(Figure 2):縦隔気腫および頸部皮下気腫を認めた.両側に胸水が貯留していた.
胸部単純CT(EGD直後).
縦隔気腫および両側胸水貯留を認めた.
経過:高齢患者で,酸素化不良の状態であり,鎮静剤使用による呼吸抑制が懸念された.送気方法に関しては,呼吸回数が正常範囲内でCO2ナルコーシスに至る可能性は低く,また気腹による全身状態悪化のリスクを重視した.以上より,CO2送気にて鎮静剤未使用下でEGDを施行した.検査中は嘔吐反射が強く,また体動も激しかったため詳細な観察は困難であったが,胸部上部食道より多発性の深掘れ潰瘍が認められ,食道穿孔の可能性が否定できなかった.EGDの継続は危険と判断し,胸部上部食道までの観察にとどめ速やかにスコープを抜去した.検査終了直後に胸部CTを撮像したところ,皮下気腫および縦隔気腫を確認し,食道潰瘍穿孔と診断した.高齢で,脳出血後1日目でもあり,片肺虚脱を要する開胸術もしくは胸腔鏡下手術での一期的な再建術は侵襲が極めて高いと考えた.酸素化不良のため短時間での手術が望まれることより,術中EGDでの他部位検索は見合わせ,またCT上において食道は気管や大血管との連続性もないことから,腹腔鏡での食道裂孔からのアプローチにより病巣部のみ切除する方針とした.さらに,全身状態が安定した後に二期的な再建術を予定することとした.
縦隔内観察で胸部下部食道に穿孔部を同定し,腹腔鏡下食道抜去術を施行,頸部食道は食道瘻とし,合わせて経腸栄養剤投与目的で腸瘻を造設した.
摘出された組織標本では食道全体に多発潰瘍を生じており,1箇所では穿孔していた(Figure 3).病理像では摘出された食道全域にわたって腺癌が認められ,粘膜筋板の二重化も伴っていることからBarrett食道腺癌と診断した.深達度は粘膜下層浸潤(pT1b-SM)であったが,大部分はEPもしくはLPM浸潤にとどまっており,病期はpT1b-SM N0M0,pStageⅠであった(Figure 4-a~d).
切除標本肉眼像(矢頭:穿孔部).
多発食道潰瘍を生じており,一部で穿孔していた.全域でBarrett食道を背景にして腺癌が認められた.深達度は粘膜下層浸潤(pT1b-SM)であったが,大部分は粘膜内浸潤(pT1a)にとどまっていた.
病理組織像.
a:粘膜筋板の二重化が認められた(矢印:浅層粘膜筋板,矢頭:深層粘膜筋板).
b:癌最深部は粘膜下層(pT1b-SM)であった.
c:潰瘍部含めて癌の浸潤は大部分が粘膜上皮に限局していた.
d:穿孔部においても腺癌の深部浸潤は認められなかった.
術後,誤嚥性肺炎を繰り返し感染コントロールに難渋したが,抗菌薬や嚥下リハビリテーションなどで徐々に回復し,消化管再建術予定となった.術前評価として初回手術57日後にEGDを行ったところ,残存する食道にはsquamocolumnar junctionが切歯より17cmの部位に同定され,Barrett食道が残存していることを確認した.日本食道学会が提案しているBarrett食道腺癌の拡大内視鏡分類(JES-BE分類) 3)によると,本症例の粘膜パターンは絨毛様構造で,形状は大小不同,配列は不規則,white zoneの幅は不均一であり,血管パターンとして不規則な蛇行や口径不同を認め,食道癌と判断した(Figure 5-a,b).また,切歯より20cmの頸部食道左側のBarrett食道粘膜からの生検においても腺癌の遺残が明らかとなった.
EGD(術後57日目).
a:squamocolumnar junctionが切歯より17cmの部位に同定された.
b:切歯より20cmの部位のnarrow band imaging拡大観察像.不規則な粘膜パターンおよび不規則な血管パターンが確認され,生検においても腺癌の遺残が明らかとなった.
初回手術77日後に可及的追加食道切除および頸部食道胃管再建術を行った.切除組織では2cmの食道標本であったが,初回手術時と同様に全範囲がBarrett食道腺癌に置換されていた.切除組織において水平断端陽性であり,食道腺癌が遺残していた.しかし,performance statusが入院前と比し大幅に低下していたことよりBarrett食道腺癌に対するさらなる追加治療は希望されず,リハビリテーション継続目的に転院となった.
脳出血後翌日に生じた急性上部消化管出血症例で,出血源は広範囲なLSBEを背景にした食道癌に合併した多発深掘れ潰瘍であった.現在,Barrett食道は本来の食道胃接合部から円柱上皮が3cm以上全周性に及ぶ症例と定義されており,また組織学定義として円柱上皮に存在する扁平上皮島,円柱上皮下の粘膜下層に存在する食道腺あるいはその導管,または粘膜筋板二重化のいずれかを認めるものとしている 4).本症例は上記3つの組織学的特徴の中で粘膜筋板の二重化が確認され,全長18cm以上に及ぶ背景に広範なBarrett食道を伴う腺癌であった.しかしながらBarrett食道腺癌の深達度はpT1b-SMにとどまり,いずれの潰瘍底にも癌細胞の筋層浸潤はなく急性の非癌性潰瘍であった.Barrett潰瘍に関しては近年H2受容体拮抗薬やプロトンポンプ阻害剤の普及により遭遇する機会はかなり少なくなったが,服薬アドヒアランスが不良な場合に再発を繰り返す症例も報告されている 5).
Barrett潰瘍の穿孔についての報告は極めて少なく,南雲ら 6)によると海外ではこれまで36例の報告があるものの本邦では3例のみとしており,われわれが医学中央雑誌で検索し得た範囲(検索期間1947年1月~2021年12月,キーワード「Barrett食道」,「Barrett潰瘍」)では新たなものは見出すことはできなかった.本症例はEGD施行前のCTでは皮下気腫や縦隔気腫など食道穿孔を示唆する所見はなかった.穿孔はEGDでの送気操作が誘因と思われるが,摘出標本ではUL-4の深掘れ潰瘍が複数認められており,保存的な経過でも早晩穿孔に至った可能性は十分ある.
本症例は消化管出血をきたす前日に左視床出血を発症している点が興味深い.中枢神経系疾患や頭部外傷あるいは頭部手術後に生じる消化管潰瘍はCushing潰瘍と称され 7),その機序は中枢神経障害時に視床下部を中心とした副交感神経刺激のため迷走神経機能亢進が生じ,粘膜の血流循環障害と酸分泌亢進の結果,消化性潰瘍が生じるとされている.病変部位は胃が圧倒的に多く食道の単独病変は4~10%である 8).本症例も前日に発症した左視床出血が誘因となり胃酸分泌が亢進した結果,Barrett食道の粘膜障害,潰瘍形成に至った可能性も考えられた.さらに脳出血後の安静保持のために臥位状態が続いたことで胃酸逆流がより高度かつ頻回に起きたことも深掘れ潰瘍の原因の1つかもしれない.食道潰瘍予防の点においても,脳出血発症直後からの胃酸分泌抑制剤投与は重要と思われる.
多発食道潰瘍を呈した食道粘膜の背景は,非常に広範囲な18cm超にわたるLSBEであり,その全範囲に腺癌が確認された.本邦における内視鏡でのBarrett食道の発見頻度はSSBEが20~40%と高頻度であるが,LSBEは0.2~0.3%とされ極めて低い 9).Barrett食道からの腺癌発生率に関しては欧米における近年のメタ解析によるとSSBEで年率0.19%,LSBEで年率0.33~0.56%とされLSBEの方が高い 10),11).また,Barrett食道長と発癌率との相関に関してはBarrett食道長1cmの伸長につき発癌リスクオッズ比が1.11ずつ上昇するとの報告もある 12).一方,本邦においてはLSBE症例に限定した検討では年率1.2%の腺癌発生率を認めたとする多施設前向きコホート研究の中間報告がある 13).
また,LSBE症例はSSBE症例に比し,高齢者,男性,GERD症状を有する症例の割合がより多いとされている 9).本症例は高齢かつ男性であったがGERD症状はなく,CT上食道裂孔ヘルニアも明らかではなかった.カルシウム拮抗剤の9年間に及ぶ服用歴が胃酸逆流の要因となり,LSBEの形成に関与していた可能性も考えられた.
Kuwayamaらによれば2020年度の時点で15cmを超えるLSBEから生じたBarrett食道腺癌はこれまで12例が報告されているのみである 14).本症例を含めた13例の内訳は11例が男性で平均年齢が67.0歳,Barrett食道の平均長は17.2cm(15~22cm)で,腫瘍深達度はT1a(M)4例,T1b(SM)6例,T2(MP)1例,T3(AD)2例であった(Table 1) 14)~22).その中で本症例のみが穿孔により緊急手術に至っており,他は全例待機的手術もしくは内視鏡治療症例であった.また菊池ら 20)の症例と本症例のみが,LSBEの全範囲が癌化し18cm超と極めて広範囲なBarrett食道腺癌であった.本症例のような表在型食道腺癌では色調変化や凹凸に乏しく,低異型度高分化型腺癌が多いため,範囲診断が難しい場合がある 23).スクリーニングEGDなどで本症例のような非常に広範囲なLSBEに生じたBarrett食道腺癌に遭遇した際にはNarrow band imaging(NBI)拡大内視鏡や色素・酢酸散布等での十分な範囲診断が必要である 24).
15cm超のlong segment Barrettʼs esophagus(LEBE)から生じたBarrett食道癌症例報告.
今後食生活の欧米化やHelicobacter pyroli陰性症例の増加に伴いBarrett食道・食道腺癌の増加も懸念される.広範囲のLSBEと診断した際には,内部に悪性病変を有している可能性を十分考慮し,色素散布や画像強調法,拡大観察,生検などを併用した正確な内視鏡診断が望まれる.また,これらの診断結果に基づいて短期間での経過観察,適切な治療方法などを綿密に検討することが必要と思われる.
脳出血後翌日に生じた多発食道潰瘍からの出血および穿孔に至った症例を経験した.背景は広範囲なLSBEから生じたBarrett食道腺癌であった.
謝 辞
本例の手術および術後管理に尽力頂いた当院外科 岡田和幸先生,摘出標本に関して詳細な病理診断を頂いた当院病理診断科 伊達恵美先生に深謝いたします.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし